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倶会一処(くえいっしょ)
楊名時先生は、2005年7月3日に亡くなられました。高尾山の山間の公園墓地に、楊名時先生は眠っておられます。墓名には楊名時先生自筆の「夢」の一字が彫られ、山裾の竹林を正面に西向きに建っています。
私たち家族は、毎月お墓参りに行くのですが、いつも不思議なことが起こります。それはお墓に向かうと、見たことのない蝶や鳥が飛んできて、すぐ近くの木に止まって、私たちが去る頃にはいなくなってしまうのです。また、鳥がお墓の真上を三度も輪をかいて飛び去ったり、頭上を美しい声で鳴きながら過ぎ去ったり。春の鶯、晩夏の蜩などは、特に美しい鳴き声で墓参りを喜んでくれているように思えます。
“霊は飛ぶものに姿を変えてくる”と聞いたことがあります。本当なのかどうか分かりませんが、私はこの言葉を信じ、蝶や鳥たちは楊名時先生の化身なのだ、と思っていつも楽しみにお墓参りに行きます。旧盆の8月15日もお墓参りしました。
また、最近の墓石には思い思いの字が彫られています。心、和、寂、神は愛なり。変わったものでは、星に願いを、といった具合です。これらの墓石の字の中で一番多かったのは、「倶会一処」です。この言葉は阿弥陀経が出典ですが、あの世でまた一緒に会いましょうという意味です。
私は、あの世でまた楊名時先生にお会いし、仲間と共に太極拳を稽古したいと思っています。そのために、生ある限り楊名時太極拳をしっかり伝えてゆこうと思うのです。
楊 麻紗


暑中見舞状が届きました
会員のNさんよりすてきなお見舞状を頂きましたので、ご紹介いたします。今年は記録尽くめの猛暑が続いております。食事と睡眠を十分にとり、太極拳の稽古でこの夏を元気にお過ごしください。
楊 麻紗


元気な89歳
菅クラさんは、レディ―ス大塚教室の最高齢で89歳です。「おはようございます」朝来ると、それぞれの同学に挨拶をしてまわります。人生経験豊かな楽しいお話で元気でパワーいっぱいです。毎週水曜日に北区の浮間船戸から、埼京線、丸の内線と乗り継いで新大塚まで、1時間かけてお教室に来ます。12年のキャリアで味のある太極拳です。
この教室は生徒数23名で、7名の方が80才以上です。皆さんお休みも少なく教室に来るのを楽しみにしていますが、身体のどこかに痛みを抱えて、今の健康を維持、増進するために元気で楽しんで太極拳を行なっています。気の合ったとても流れの良い太極拳で、私の誇りとするお教室です。
菅さんも来年は「卒寿」、来年になると3名の方が80才の仲間に入ります。太極拳によって“健康”と、すばらしい“仲間”に恵まれ、とても良い“和”が出来ました。身体をゆっくり動かし、健康を保持し、心の安定を図り、日々心豊かに過ごせることを目指した太極拳を続けて欲しいものです。
菅さんはみんなの目標です。いつまでもお元気で「白寿」をめざして頑張って下さる事を応援し、また願っております。
野田 久子


耳鳴りと耳閉感が薄らぐ
太極拳との出会いは、忘れもしない8年前の5月の事であった。
或るシンガーソングライターの「耳鳴りで作曲活動が出来ず悩んでいた時に、勧められた太極拳。そして、稽古をしていくうちに次第に耳鳴りと付き合えるようになり、7年ぶりに作曲活動が再開できるようになった」との喜びのテレビ映像であった。
丁度、耳鳴りに大変苦しんでいた私にとっては、全く思いがけない朗報。番組が終わるや否や、早速テレビ局など数箇所に電話を入れた結果、健康法・養生法の太極拳は楊名時太極拳である事を知る。たまたま、太極拳に通っていた友人に問い合わせると、楊名時太極拳という事が分かり、小躍りして喜んだのを鮮明に覚えている。
その頃の私は「キーン」という金属音のような耳鳴りが、日夜続いている上に、耳閉感が強く睡眠不足に苛まれていた。食欲もなく疲労困憊の毎日。「電車で稽古に通うのは無理では?」と家族も心配する程であった。辛さから逃れたい一心で、私は太極拳の指導を受ける事を決意し入会。
麻紗先生をはじめ助手の先生方が皆優しく接して下さり、少々の疲労はあったものの休む事なく通い続けられた。8日目頃からは厚い蓋をしたような不快な耳閉感が、不思議に薄らいでいくのを実感した。期待以上の早い効果に、私は驚きと嬉しさでいっぱいになり、天にも昇る心地で、今も稽古に励んでいる。
耳鳴りはまだ続いているが、時には心地よいリズムとさえ思う様になった。一病も二病も抱えている70歳近い私。だからこそ、師の教えの「心を動かし、気を動かし、体を動かす」を深く刻み、太極拳を通して心と技を磨くべく努めている。
縁あってご指導頂いている楊麻紗先生やお仲間達との輪を大切に、これからも太極拳を楽しみながら稽古を重ね、長寿へとつなげたいと願う私である。
吉野 テル

夏鶯
梅雨のうっとうしい日が続いていますので、気分を少し明るくするために夏の鶯について書いてみようと思います。
私は、新宿高層ビル群を一望できるマンションの5階に住んでいます。幹線道路に面した建物ですが、氷川神社の敷地内にあるため、緑も多く春になると鶯の美しい声を聞くことができます。10年前、初めて鶯を聞いた時は、「まさかこんな都心で?」と信じられませんでしたが、その声は神社の小藪から聞こえ、一週間ほど鳴き続きました。
以来、私は鶯の来訪を心待ちにするようになったのです。所が、今年はその鶯が来ませんでした。道路の舗装工事か又は天候不順のためなのか、その理由を考えたり仕事でバタバタしている間に、季節は春をと通り越して、夏になってしまいました。
鶯は「春告鳥」の別名が示すように、春の到来を感じさせる鳥ですが、2月初め頃山で鳴くのは「笹鳴き」、平地に下りて美声で鳴き始めるのは3月頃と言われます。そして、また山に戻り夏に鳴くのが、「夏鶯」や「老鶯」と呼ばれます。
楊名時先生のお墓は高尾山系の麓にあり、私たち家族は毎月の墓参りを欠かしたことがありません。6月の墓参は好天に恵まれ、夏鶯がしきりに鳴いていました。今年自宅で鶯の声を聞くことができなかっただけに、その感動はひとしおです。身も心も洗われました。
楊 麻紗


2010楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会
6月12日の「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」には、鵜沼宏樹先生をお迎えして大勢の同学が集いました。今年は、楊名時先生が亡くなられて5年であり、また先生が日本に初めて太極拳を普及させてから50年という節目の年にあたります。
楊名時先生が帯津三敬病院に入院中、鍼灸と気功治療をして下さったのが鵜沼先生です。鵜沼先生によると、楊名時先生のゆっくりとした語り口、そして間のとり方、悠々と廊下を歩く姿、小帯津先生と杯を酌み交わしている時の間も、全てがゆったりとしていて太極拳であると感じたとのことです。
また、楊名時先生の偉大な功績は、「甩手を含めた太極拳を健康法・養生法として全国区で広められたこと。もう一つは、八段錦と体極拳の組み合わせの妙であり、また全体のパッケージとしての質の高さにある」と述べられました。
そして、参加者全員が納得したことは、鵜沼先生の「太極拳は下手でも効く」という一言です。この言葉は鵜沼先生が帯津病院に10年勤務し、気功教室で太極拳を稽古する患者さんの姿を見て確信したそうです。この鵜沼先生の医療現場の言葉は、大変説得力がありました。お話の後、太極拳の演舞をして下さり喝采を浴びました。
「本日は晴天なり」の楊名時先生のお言葉どおり好天に恵まれた太極拳交流大会は盛会に終わりました。皆様に心からお礼を申し上げます。
謝謝。
事務局


河野太通妙心寺管長就任式
去る5月29日(土)、河野太通ご老師の臨済宗妙心寺派第33代管長の晋山式(就任式)が、京都花園にある大本山妙心寺で挙行されました。この日は見事な五月晴れで、七堂伽藍と多くの塔頭が立ち並ぶ広大な境内には、ことのほか清浄な気が漲っておりました。
太通ご老師は朝8時に勅使門から本山にお入りになり、山門、仏殿、開山堂、玉鳳院へとそれぞれに就任の挨拶のお経を唱えるために、参進されました。私たちは参道脇で太通ご老師の九條衣姿を拝見しました。この儀式は2時間ほどかかりました。
そして10時30分から、法堂に各派管長、招待者、信者1300名が参集し、晋山上堂式が厳かに挙行され、12時に終了いたしました。
太極拳のご縁で伝統と格式のある管長就任式に出席することができ、大変光栄に思いました。心からの祝意とお喜びを申し上げます。
楊 麻紗


2010年草加八段錦・太極拳研修会
去る5月13日、120名を越える太極拳の同学が、草加八段錦・太極拳研修会に集いました。この研修会は、草加、八潮、庄和の三つの支部から成ります。今年で4回目となるこの会は、いつも快晴。草加のスカッと晴れた気候は、実に爽やかな心地よいエネルギーを私達に注ぎ、会場へと運んでくれます。
司会の佐久間登師範のかけ声で会が始まり、磯部タカ師範のご挨拶に続いて、楊麻紗先生からは、「長野の佐久から、心は、小川睦子先生もいらっしゃっているはずです」とのお言葉がありました。
全体で前半の八段錦と太極拳24式を行いました。「前半の八段錦では動き、心、意識の三つを働かせ、特に意識を大事にすることが求められます」と麻紗先生の説明が入りました。
恒例となりました楊麻紗先生、ディミトリーさん、楊砂織の家族三人による太極拳の舞を披露させていただきました。「まさにゆったりとした大河の流れのような太極拳」と表現された司会の方。続いて二組に分れて演舞が行われました。どちらも気が満ちていて、見応えのある舞いでした。
麻紗先生による講義では、太極拳における虚実の重要性について理論と実践を合わせて、丁寧に解説して頂きました。「虚実が解れば太極拳に滑らかさがでてくる。虚実は太極拳の命である」という言葉で締め括られました。
後半の太極拳24式は、各々が虚実を意識したことで動きに滑らかさが出て、
さらには会場全体に流れが生まれ、一期一会の素晴らしい太極拳を味わうことが出来ました。最後に眞壁美沙子師範にご挨拶いただき閉会となりました。
多くの方々のご協力により今年も実りある研修会となりました。心から感謝いたします。
楊砂織記


知っていますか?御衣黄桜
東京は新緑となり5月の光に美しく映えていますが、みちのく辺りでは、今が桜の見頃ではないでしょうか。
去る4月15日、私は埼玉の志木教室の仲間と珍しい桜を見に行きました。それが「御衣黄桜=ギョイコウザクラ」です。この日は花冷えを通り越して、真冬のような寒さの上に雨も降っていたのですが、2週続けて教室が休みになるため出かけたのです。
志木駅からバスで20分足らずの所に、跡見学園女子大学新座キャンパスがあります。このキャンパスには原種の桜や栽培品種の珍しい桜がたくさん植栽されていて、現在その数は200本近いそうです。
桜の時期だけ一般公開される構内に入った途端、皆で感嘆の声を上げてしまいました。優美な枝垂桜、華やかな里桜、気品あふれる山桜などなど、雨に濡れていっそう風情を増していました。
順路の終わり近くに、お目当ての御衣黄桜がありました。緑色の八重咲きで、名前は天皇が召される「御衣」の色からつけられたそうです。まだ3分咲きでしたが、珍種であるだけでなく、品のある桜でした。来年は皆様もお出かけになってみてはいかかでしょうか。
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キャンパスは桜の園となりにけり
雨を来て御衣黄桜見定めし
楊 麻紗


4月3日(土) コミュニティアリーナ八千代 花見
3年目の恒例になってきた花見を紹介します。この日は前日の嵐のような天気から一変して、朝から大変天気が良くて絶好の花見日和となりました。
全員出席の太極拳も早々に終えて成田に向かいました。注文してあった弁当を持って、みんなどことなくうきうきしているように見えました。途中デミトリーさんも合流して麻紗先生以下12人になりました。成田山公園は成田神宮の反対側になるので、結構歩きます。でも途中、うなぎ屋さんや漬物屋さん、お土産屋さんなど色々なお店が目を楽しませてくれるので成田さんまであっという間でした。
さて、初めて足を踏み入れる公園は本当に年代を感じますし、重厚感いっぱいでした。入り口は梅の木がたくさんあるのですが、幹にはタップリと苔が生えていましたし雑草も生えているのもありました。やがて広場のようなところに出たので弁当になりました。桜はほぼ満開で気分は最高でした。食事を終えてさらに進んでいくと、池のほとりに桜があって水面に映り綺麗でした。また絶好の撮影ポイントで単鞭(ダンビエン)とかのポーズで写真をとりました。桜の根元が空いていたのでまたシートを広げて休憩しました。色んな雑談をしてあっという間に楽しい時間がすぎ去りました。最後は帰り道、今川焼きを店先で買って食べて美味しかったです。本当に気分最高の一日でした。

コミュニティーアリーナ八千代教室
小林 弘幸


3月定例指導者研修会
2010年3月28日、文京シビックセンター・スカイホールに於いて、指導者研修会が開かれました。今回は昨年好評だった前田篤宏先生(NPO法人日本介護予防太極拳協会理事長)を鹿児島からお迎えし、「座位式太極拳12式」を通して、養生運動と体の仕組みについて講義していただきました。
楊家養心太極拳 事務局


技芸天と「単鞭」
唐招提寺参拝、そして奉納演舞の後、東京組は楊麻紗先生と共に秋篠寺へ参りました。かねてより、楊名時先生がお慕い申し上げていたという技芸天にお会いするためです。
その天女は国宝の小ぶりな御堂の中で、右手を胸のあたりまで上げ、ほんの少し腰をひねられて伏目がちで大らかなお顔でお立ちになっておられました。太極拳の「雲手」から「単鞭」に移る時の腰のひねりを、技芸天の何気ない仕草を参考にするようにと、楊名時先生がおっしゃられていたそうですが、なるほどなんともいえぬ自然で上品なお姿でありました。
歌舞音曲など芸能の神様と崇められる技芸天が身を潜めるように小さなお寺に安置されておられことにも、楊名時先生は感動なされたのではないでしょうか。折りしも御堂を後にする頃より春の小雨が降り始め、境内の白木蓮がなおいっそう白く浮かび上がっており、心に残る秋篠寺参拝でした。
曽根田 千恵子


楊麻紗先生との唐招提寺参拝
今年、平城遷都1300年祭の行事が4月から実施される奈良、楊麻紗先生は3月18日に唐招提寺にお参りされました。
楊麻紗先生は楊名時先生の志を継いでのお参り、娘さんの砂織さん・ディミトリーさんご夫婦をはじめ、われわれ養心会の同学の仲間、関東から、名古屋から、奈良から、大阪から、遠くは鹿児島から100名近くが唐招提寺山門内に午後1時20分に集まり、麻紗先生のお供で鑑真和上のお墓参りにご一緒させて頂きました。
10年を掛けた唐招提寺金堂の改修が昨年11月に終え、木の香が漂う新しくなった金堂、11年前に楊名時先生と同学の仲間が一緒に金堂と講堂の間で行なった演舞の場所で、今回楊麻紗先生の先導で皆さん気持ちよく演舞、ある方は裸足で演舞です。私は、楊名時先生の形見のシャツを着ての演舞、楊名時先生と一緒の演舞を感じながら行ないました。講堂脇一本の桜がちょうど満開でした。
その後、麻紗先生から楊名時先生がなぜ唐招提寺へ参拝するようになった由を伺いました。それは、天皇の要請で中国から日本へ仏教を伝えるために、鑑真和上が渡航を5度失敗し、6度目にようやく日本へ辿りついた時には、目が見えなくなっておりました。このような信念の強い和上を心の師として尊敬し、楊名時先生が京都大学時代から、唐招提寺へお参りされるようになったとのことです。
私は26年前から、楊名時先生ご一行と唐招提寺へお参りさせて頂いておりますが、楊名時先生が唐招提寺へお参りされた時、楊名時先生の思いが天に伝わり、雨で演舞が中止になったことは一度もありませんでした。今回は、午前中好天に恵まれ、午後には少し天気が悪くなってきましたが、麻紗先生の鑑真和上のお墓参りは雨にも遇いませんでした。これは、楊名時先生がわれわれを天国から見守って下さっていると思いました。
午後5時30分から楊麻紗先生をはじめ40名の方がホテルフジタに集まり、懇親会が開かれました。私は、以前NHKテレビ「プロフェッショナル」の番組で、世界のミシュランが認めた三ツ星料理人である82歳の小野二郎さんが、寿司職人として「現状不満足」との言葉に感動しました。われわれも楊名時太極拳で常に現状に満足することなく、楊名時太極拳の「技の太極拳」、「心の太極拳」の稽古を続け、上昇を目指していきたいとの挨拶を懇親会でさせて頂きました。
養心会の益々の発展と麻紗先生をはじめ参加者の皆さんの健康と幸せを願って乾杯の音頭、その後、名古屋・杉江満寿夫先生から「喜びのエンゼル」の写真とお話があり、美味しく食事をしながら各自の自己紹介で同学の皆さんと楽しい一時を過ごさせて頂き、感謝です。
真に楽しく素晴らしい一日でした。
健康太極拳 なにわ友の会
最高顧問 茶木康晴

師範審査レポートより(4)
お待たせいたしました。4回目の師範審査レポートをご紹介いたしますので、皆様の参考にしていただきたいと思います。
今日の方は、愛知県在住でお料理の先生です。「太極拳をやってよかったこと」を書いております。
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太極拳は今や日々の暮らしの中に在り、生涯を貫くものとして、心の拠所となっています。
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自ら癒し、心身の調和が図れるようになりました。気の流れを感じるなど、潜在能力がほんの少し開発されたような気がいたします。
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己のよろこびを越えて、共に生きるよろこびに発展したこと。
気がつけば10年の歳月が流れ、太極拳の大きさとと深さに感謝、師に感謝、仲間に感謝、心身の健康に感謝、明日につながる今日に感謝、新たな出会いに感謝しています。
(佐藤 朱実 67歳)


おめでとうございます
2010年1月24日、東京の石井明子師範は平成21年度「NHK全国俳句大会」に於いて、鷹羽狩行の特選にえらばれ表彰されました。鷹羽狩行氏は俳人協会の会長を務めております。
全国の5万近い投句の中から特選にえらばれたことは大変名誉なことで、心からお喜び申し上げます。大会の模様はNHK教育テレビで、2月24日に放映されました。
石井明子師範は楊麻紗先生のお弟子さんで、麻紗先生の俳句に惹かれてこの道に入られたそうです。太極拳暦は25年のベテランです。
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特選句
甘茶仏まこと小さく立ち給ふ


五禽戯の演舞 竹内彰一教室の皆さん
2010年新春懇親会
去る2月11日(木)、養心会の『2010年新春懇親会』が、グランドプリンスホテル赤坂で開かれました。建国記念日のこの日は曇りの寒い日でありましたが、帯津良一先生・金澤弘和先生をはじめ各地からたくさんの仲間が集まり、大変盛会でした。
祝辞の中で帯津先生が「人は生来悲しみを背負っており、その悲しみの深いほど人を癒す力になる」と述べられ、金澤弘和先生は、50年前の万里の長城で楊名時先生と空手の型を行なった時のエピソードを話して下さいました。楊麻紗先生は「梅の花言葉ような高潔な志を持った人になろう」と話され、乾杯の音頭をとって下さった下村のぶ子海竜社長は、今朝夢を見た楊名時先生のお話をして下さいました。
ホテルの食事は大変美味しく、出席者の舌を満足させるもので、大変好評でした。続いての余興も注目に値しました。紅型の衣装が鮮やかな琉球舞踊に始まり、歌曲・詩吟・太極拳経のパフォマンスあり、そして最後は五禽戯。気功の原点である華陀の五禽戯は楊麻紗先生の要望ででした。皆様から大変参考になったと喜ばれました。
今回の懇親会は、より一層気場が高まっているのを実感できました。参加者の皆様に感謝。ホテル側のご配慮に感謝いたします。ありがとうございました。
養心会事務局


梅が咲き初めました
立春から続いた厳しい寒さが緩み、今日の東京は3月上旬の陽気となりました。あちらこちらで梅が咲き初めました。梅のこの時期になると、楊名時先生は必ず私たちに次の句を紹介してくださいました。
梅 花 耐 風 雪
到 時 放 雅 香
梅の花は風雪に耐えて、時期が来れば雅香を放つという意味ですが、人も太極拳も人生の苦しみや稽古の積み重ねがなければ、成長や成果が得られないことを諭しています。
梅は中国の国花であり、2500年前に栽培化され、日本へは奈良時代に遣唐使が薬用として持ち帰ったのが、始まりだそうです。
春、百花に先んじて咲くため「春告草」の別名があり、花言葉は「高潔」。楊名時先生は梅が大好きで、晩年庭に梅を植え花と香を楽しんでおられました。
楊 麻紗

90歳の年賀状
今年もたくさんの年賀状を頂きました。ありがたいことです。その中からI.A.さんの年賀状を紹介いたします。この方は90歳の男性で、元気に太極拳の指導を行なっております。
楊 麻紗



太鼓の音と共に始まる新春稽古
2010年新春初稽古
1月5日(火)、「2010年新春初稽古」のこの日も、楊名時先生が私達のために穏やかに晴れ上がった新春の青空を用意してくださいました。
楊家養心太極拳の、いまや恒例となった東京武道館での新春初稽古に、「新年の計はここにあり」と各地から集った大勢の同心の皆様は、明るい笑顔で再会とお互いの健康を喜び合いました。
恒例の太鼓の音で始まった初稽古は全員での八段錦、心を一つにした二十四式と続き、みないっそうリラックスして太極拳健康美人となりました。
楊麻紗先生のご講話は、東京湯島聖堂孔子廟での年初の素読会で、楊名時先生がよく語っておられた論語の一節「罷めんと欲すれども能わず」の出典に偶然に再会したというお話でした。
孔子の教えは、何千年の歴史の中で受け継がれてきた、人として持っていなければならないことで、楊先生もそれを一番大事に説いておられました。
楊名時先生を始祖として仰ぎ見つつ、太極拳24の型を通して心を磨き、教養を深め、その深めた目で世の中を見れば深い真実が見え、礼(けじめ)をもった友との接し方の中に仲良くすれば、争いはないでしょう。
楊名時先生は、「太極拳は止めようとしても止められないのだよ、つまり10年やればもう止めようと思っても止められない。太極拳は中毒になってよろしい。そうならないと本物にならない」とおっしゃっていたそうです。
この境地にすでに達した方々も、少し感じ始めた方々も、太極拳を始められたばかりの方々も、太極拳ができる幸せをそれぞれに感じながら、楊家養心太極拳が孔子廟の庭にある楷(かい)の大木のように樹勢正しく太い幹となれるように、ことし一年また稽古を続けていきたいとの思いを共にいたしました。
(牧野智子記)


常滑合宿交流大会
前日の激しい雨が上がり、好天に恵まれた11月14日(土)、愛知県常滑市のサザンアリーナ体育館で、「09年楊家養心太極拳常滑合宿交流大会」が開かれました。
常滑での交流会は3回目となり、各地から年々参加者が増え今回は総勢170人を超える盛況でした。
楊名時先生の大好きな言葉「本日は晴天なり、晴天なり」の大合唱に始まり、楊麻紗先生の演舞、参加グループによる演舞披露、更に昇段審査も行われ、4時間がまたたく間に過ぎてしまいました。
今回強く感じたことは、技の向上だけでなく精神的な深まりでした。魂の共鳴が生まれ、楊名時太極拳の気の世界が具現化されたように思います。
夜の懇親会は一転して爆笑の渦。全員が心の底からうち解け、喜び合いました。「喜びの精霊」が写真にいっぱい写っていたそうです。
翌朝の海浜公園での太極拳も印象的。朝日と海の気を全身に浴びながら、気持ちよく稽古できました。二日間晴天にして下さった楊名時先生、参加して下さった皆様、心より感謝致します。
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手袋をして早朝の太極拳
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焼物の町を巡りし菊日和
楊 麻紗

師範審査レポートより(3)
久しぶりに師範審査レポートをご紹介いたしますので、皆様の参考にしていただきたいと思います。
養心会のレポートのテーマは三つありますが、その中の一つ「太極拳をやって良かったこと」は、受験者一人ひとりの入会動機、人生観、医療効果などの貴重な体験が記されております。今回ご紹介する方は、都内で開業している内科医です。
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一番よかったこと - 心にこだわりがなく、自由になった。細かいことにとらわれず全体を見通し俯瞰が出来る感じ。人へのまなざし暖かく(温かく)なったと思う。
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身体が柔軟に、持久力、力のバランスとコントロールできるようになった。そのため腰痛も取れた。(予防も可能)
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健康になった。疲れにくく、抵抗力も増した。何より身体の声に耳を傾けられるので、異変への対処は早くなった。
(N.Y.さん 67歳 女性)


新潟太極拳交流大会
去る10月24日、新潟阿賀野市の笹神体育館で楊麻紗先生をお迎えして「第二回新潟太極拳交流大会」が開かれました。大勢の仲間が集まり、東京からも10名が楊麻紗先生に同行し、地元の仲間との交流をはかりました。今回は名古屋から杉江満寿夫師範が参加してくださり、「幸せの精霊」の話を写真を見せながら説明して下さいました。皆さん感心して聞いておりました。
全体稽古、昇段審査、グループ別の演舞を行い、楊麻紗の特別指導では、「八段錦の各動作ごとに足を寄せないこと」の意義を詳しく説明して下さり、目から鱗が落ちたと大好評でした。
翌日は早朝から晴天でした。三千羽の白鳥が飛来している瓢湖湖畔での早朝太極拳の気持ちがよかったこと。まさに自然との一体感です。加藤博子師範、坂詰一年さんのご厚意で、五頭山へ紅葉を見に行きました。新潟の大きな山河と、太極拳の仲間の絆の深さに触れた一日でした。新潟の皆さん、ありがとうございました。
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会場は刈田の中の体育館
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白鳥の湖辺の早朝太極拳
楊 麻紗


能舞台の太極拳演舞
去る9月14日、大阪の西村能舞台で太極拳の演舞をいたしました。楊名時先生は伊勢神宮の能舞台、奈良公会堂の能舞台で太極拳を演舞されておりますが、私は初めての体験でした。能舞台は総桧作りで、能は元来神事ですので、裸足で舞台に上がることは禁じられているのですが、西村信子師範の特別の計いで、裸足で演舞させて頂きました。
足裏から伝わる桧の柔らかい感触と、桧の清らかな香りが私の心を洗い、幽玄の世界に導かれる感じでした。特に緊張はしていなかったのですが、当日は肩の状態が悪く思うように太極拳が舞えません。百華拳を舞い常滑の方々に気功治療をやって頂いた後、無事に太極拳を舞うことができホッといたしました。
演舞の後、杉江満寿夫師範のカメラに「精霊」がしっかりと写っており、驚くとともに嬉しくなりました。まるで私の手の先で共に太極拳を舞っているような、戯れているような感じです。楊名時先生が先導してくださったのに違いありません。
私の能舞台の貴重な体験は、楊名時先生に感謝。西村能舞台に感謝。そして応援して下さった皆様に感謝 感謝でした。
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錦秋に舞ふや先師を憶ひつつ
楊 麻紗


シルクロードの旅 木村鎮夫さん撮影
シルクロードの旅
8月の末にシルクロードへ旅して参りました。ウルムチからトルファン、敦煌、玉門関、陽関、嘉峪関を経て西安に至る所謂天山北路の略半分3000Kmです。
三蔵法師が滞留した高昌国の古城跡や莫高窟、鳴沙山等あちこちを巡りましたが、ここでは西域の人々の暮らしぶりについてご報告したいと存じます。
ゴビ砂漠の中のオアシスの生活環境は、夏は毎日40度を越える気温に加え今年になってから1回も雨が降っていないとのことで、学校の授業も長い長い昼休みを挟んで夕方6時に開始され、夜は満点の星空の下でお庭や路上に寝台を持ち出して寝むという生活をしていました。
そんな環境ですので、当地では太極拳どころではありませんでしたが、西安に戻ると朝の太極拳に勤しむ人々の姿を見かけ、何かほっとすると同時に改めて中国の広さを感じてきた次第です。
皆様も機会を見つけて、是非お出かけください。
2009年9月
木村鎮夫
2009年10月4日、新しい写真を追加






第4回健康太極拳交流会
9月13日に、なにわ友の会(会長 高橋保)主催の「健康太極拳交流会」が開かれました。今年は第4回目で、大阪をはじめ奈良、常滑、東京の仲間が集まり、大変有意義な大会となりました。
翌日は西村邸の能舞台で、師範審査と楊麻紗先生の演舞が行われ、西村信子さんの妹さんによるお祝いの謡曲が、花を添えました。
最後に、出席者全員が能舞台に上がらせて頂き、貴重な体験も致しました。
(詳しい報告を、後日当ページで行います)
事務局より


楊名時先生のエピソード(19)
道着の帯
楊名時先生は「道着は稽古着であると同時に、最高の舞台衣装」とよく言われておりました。能舞台で太極拳を舞われた楊先生の道着姿は、凛とした気高さを感じさせます。白の道着に黒帯が、全身を引き締め安定感を与えます。
楊名時先生の稽古中の帯は、空手の恩師・故中山正敏先生から贈られたものが一番のお気に入り。50年近く締め込まれたその帯は、ほつれて糸状になっており、両端に刺繍された名前の文字は読むことができません。
因みに楊名時先生から贈られた私の帯は、「楊家太極拳師家楊名時」「渋谷麻紗恵存」と刺繍されており、40数年この帯を愛用しております。帯を見れば太極拳の稽古量が、一目瞭然です。
楊 麻紗


会員の作品より
笠原初恵師範よりパッチワークの見事な作品が届きましたので、ご紹介いたします。新潟・新発田市大栄町の「平成21年度いきいき作品展」に出品されたものです。テーマは源氏物語で、髪の毛や琴の弦など緻密さがよく現れております。大変好評だったそうです。


楊名時先生のエピソード(18)
旅にも道着持参
楊名時先生は道着が大好きでした。楊名時太極拳の正式なユニホームは道着ですが、楊名時先生が特に日本の空手を愛好されたことに由来します。手足の長い楊名時先生は、誰よりも道着の似合う方でした。
楊名時先生は太極拳の指導のかたわら、大学で中国語を教える教育者でもありました。お気に入りのハンティングワールドの大きなカバンの中に、いつも教科書と道着を入れておりました。授業の終わった後、午後か夜に太極拳の稽古があるからです。太極拳の教室が増えるにつれて、埼玉の東松山にある大学から、神奈川の横浜、そして東京の自宅に帰るということが、週の内で2,3回ありました。早朝家を出て帰るのは夜中です。このサイクルは、70歳の定年まで続き、「元気だな~」といつも感心しておりました。
道着はプライベートな旅行にも持ち歩きました。「重いので持って行かなくても」と私が言うと、「旅先で太極拳の稽古をするし、寝間着にもなり便利だよ。何よりも道着はボクの武士の魂・刀だよ!」とニコニコと答えるのでした。おだやかな笑顔の中に、武道人の強い芯を感じました。
楊 麻紗


学校からの感謝状
大阪の茶木康晴師範が今年も、熊取町立東小学校の依頼で「なかよしタイム」で健康太極拳体験教室を開き、学校長と生徒代表からのお礼及び「なかよしタイム」新聞を頂きました。それをご紹介いたします。
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健康太極拳は、元々中国で発達した武道門であり健康門であり、今年も生徒達に、太極拳の武道的な動きと、健康太極拳の技・形だけでなく、心の太極拳をテーマに、健康太極拳は「礼で始まり、礼で終わる」、礼儀を大切に、仲間を大切にする思いを伝えたつもりです。
又、子供たちは朝食を食べない子はよくキレるらしいのですが、参加して頂いた生徒達全員、早寝・早起・朝食を食べ、正しい身心を育てるスポーツ等を行い、仲間と一緒に身体を鍛え勉強している、素晴らしい生徒さんで将来は安心しました。
学校及び先生方の益々の発展と、子供達が元気で育つことを願い、今回も、子供達に教えられることがあり、感謝です。
茶木康晴


旧盆に入りました。楊名時先生が亡くなられて、まる4年が過ぎました。2005年の初秋に、愛知県の村田勝治さんより「楊名時先生の追悼絵てがみ」を頂きました。村田勝治さんは筋肉の萎縮する病にかかっており、筆が使えず箸の先で字を書いたため、ところどころ墨が滲んでおります。2007年に村田勝治さんも亡くなられたそうです。おやさしい方でした。楊名時先生と村田さんを偲び、その絵てがみを紹介いたします。
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天国の楊名時先生
あまりに衝撃的なお知らせでした。今年の4月愛知県支部の総会で、お目にかかれ握手をして下さり、「治るからね」と私の震える手を握って下さった先生のあったかな手。去年の秋の先生の八十歳のお祝いを兼ねての合宿でも、握手をしながらそう言って下さった。
そう信じることが心の持ちようで、病の半分は治ると思います。人様のトップに立たれる方の持つ大きな心で、相手を包みこまれる力と行動力をいつも示しておられた。「本日は晴天なり」と少し照れながら話し始められる先生のお姿。眼をつぶればすぐに先生にお会いできます。
どうか安らかにお眠り下さい。私も病の治った姿で天国の先生とお目にかかれますように、リハビリに励みます。合掌
2005年初秋 村田勝治


楊名時先生のエピソード(17)
胸に涼風を
私たちは自然の中に生きています。特に日本は四季の変化に恵まれています。そんな日本が大好きな楊名時先生は、太極拳の夏の稽古の仕方を、「胸に涼風を」と表現しています。
太極拳の動きの中で涼やかに見せるためは、足の運びを上品にすることが大切ですが、胸に涼風とは目に見えない内面やイメージを言ったものです。
例えばいつもの教室を白樺の林、または湖畔に置き換えそこで太極拳を舞っているとイメージするのです。そうすると不思議なことに、脳が反応して体が涼しく感じるのです。
そして一番大切なのは、心の涼しさ。自我を捨て、拘わらない心で太極拳を舞えば、おのずと内面に涼風が吹きわたります。
楊 麻紗


楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会
貴重な梅雨の好天を賜わった6月27日(土)、河野太通ご老師をお迎えして、「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」が開かれました。会場となった東京京橋区民館には、昨年をはるかに越える仲間が集まり、盛会でした。
昨年9月1日に設立したNPO法人太極拳養心会の総会も兼ねて行われ、会場に掲げられた真新しい横断幕が一際鮮やかです。
全体稽古の後、河野太通ご老師のご講話は、心に強く響きました。孔子の生きた時代背景、オーヘンリーの小説『賢者の贈り物』、現代の学生のアンケートを通じて、“人の幸福とは何か”を語って下さいました。その答えはお互いに相手を思いやる心、これが最も大切だと語られました。
楊麻紗先生が挨拶で述べられた「仁義」は、楊名時先生が力説されていた言葉であったと聞き、河野太通ご老師と共通テーマでありました。人は人を思いやる心を生まれながらにして持っています。しかし、この心を持ち続けるのは難しい。楊名時太極拳を稽古することは、人を思いやる心に立ち返ること。その繰り返しが大切だとご講話を結ばれました。
河野太通ご老師のご講話のあとの団体演舞は、人を思いやる心が具現化され、えもいわれぬ温かく静かな気が漂っておりました。NPO法人太極拳養心会のこれからの発展が確信され、充実感溢れる「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」でした。楊名時先生も喜んでおられることでしょう。皆様、ありがとうございました。
事務局


楊名時先生のエピソード(16)
共存共栄
楊名時先生が「養心会」を作りたいと考えたのは、亡くなる5、6年前だと思います。この構想は私だけでなく、何人かの古い仲間にも話されておりました。
組織が大きくなるにつれ、楊名時先生の求めていた太極拳とは少し違って来たのでしょうか。淋しい表情で養心会のことを何度も私に話すようになりました。
ある時、私は「養心会を作ることは、今ある組織の分裂ではないにですか?」と尋ねましたら、即座に「お前は小さい。分裂ではなく発展ではないか!一つの組織で全てができる訳がない。一つが三つになり、三つが五つなる。これは自然の理である。十や二十あっては困るが、五つぐらいの組織があってそれぞれが特徴を生かして、楊名時太極拳を普及させていくのがよい。そうしなければ大きな発展はない。“共に生存し、共に繁栄する”ことが大切なんだよ」と。
楊名時先生はやはり中国人!度量の大きさが違うと感心し、納得したことを今でも強烈におぼえております。
楊 麻紗


入選おめでとうございます!
杉江満寿夫師範の絵画が、「第97回日本水彩展」に入選しました。6月1~10日に上野の都美術館に於いて入選作品が展示される中、杉江満寿夫師範の作品「台船燦燦」は1階のメイン会場に堂々と飾られておりました。
そして、すでに何度も入選を果たしているため、審査員の監査は不必要で出品を許される無鑑査にも推薦されたそうです。重ね重ねおめでとうございます。
楊 麻紗


第12回なにわ友の会一泊研修会
5月16~17日、第12回なにわ友の会(茶木康晴名誉会長)の一泊研修会がレイクフォレストリゾート(京都府)で行われました。奈良の中村二可師範、田村順子さんも参加して下さり、参加者40名でした。
16日(土)、重い雲におおわれた空模様でしたが、12時50分、奈良駅集合、出迎えのバスにてレイクフォレストへ、若緑の芝生が美しく、周囲の木々には霧がかかり幻想の世界へ入り込んだようでした。
早速太極拳、始めに師範の方一人ずつによる八段錦の説明と演舞、意味を知り、呼吸を入れ、ゆっくり経絡に気を通して行きます。そして、中村二可師範のご指導にて、24式太極拳を行いました。
6時30分の夕食迄は自由時間、岩盤浴、水泳、パターゴルフをする方、部屋でおしゃべりをする方、それぞれ楽しく過ごしました。
京都府相楽郡は筍の産地、夕食は筍料理が並びました。特におこげの入った釜炊きの筍ご飯は美味でした。
翌17日(日)今日も雲は厚く、6時半からの早朝太極拳は、初めは肌寒く感じましたが、きれいな酸素を身体中にめぐらせていくうち、お腹の中からほかほか、そして40名の方々の元気の気を頂き幸せな気持ちになりました。
朝食後もう一度太極拳を行い、昼食後現地解散でした。
二日間共、今にも落ちてきそうな空でしたが、傘を差すことはありませんでした。楊名時先生が両手を広げて覆っていて下さったのではないでしょうか。
感謝いたします。
三輪紘子記


草加八段錦・太極拳研修会
5月14日快晴のなか、楊麻紗先生は草加の八段錦・太極拳研修会に、今年も招かれました。これまで長きに渡り草加で楊名時太極拳の指導に当たられた小川睦子先生が、遠方へ引っ越されたため、お弟子の先生方とお仲間のご協力によりこの会が開かれ、100名を超える皆さんが集まりました。
全員で太極拳24式を舞った後、私たち家族3人で演舞させて頂き、好評を得ました。続いて林義雄先生の教室の皆さん等による太極拳が披露され、型が綺麗にきまって本当に見事。さらに全体でも太極拳24式を行いました。
「始めから終わりまでひとつの流れで太極拳を舞うにはどうすればいいのですか」という質問に対して麻紗先生は、「全ての動きに意念をもことが必要です」と答えられました。
「楊名時太極拳では、太極拳24式と八段錦しかやりませんが、とても奥が深いです。たくさんの研究材料が含まれています。一生かけても全てを掴むのはなかなか難しいもの」との麻紗先生の言葉を聞いて、楊名時先生の目指したその場所へと続く太く遥かなる道をゆっくり楽しみながら歩いていこうと思いました。
楊 砂織


沖縄の踊りの輪に入る楊名時先生
楊名時先生のエピソード(15)
人の心は天地と同じ
沖縄に、空手の大家八木明徳という方がおられました。楊名時先生より2年ほど早い2003年に故人となられましたが、生前、楊名時先生は八木明徳先生を大変尊敬し、親交を深められました。空手の道を歩む大先輩としてだけでなく、「麻雀」を好む親しい仲間でもあったようです。両大家の麻雀の腕は、なかなかのものだったと聞いております。
楊名時先生が八木明徳先生から教示された言葉が、「人心同天地 血脈似日月」で、人の心は天地と同じ、血脈は日月に似たりと読みます。楊名時先生はこの言葉が大変気に入り、「太極拳にピッタリだ!」とおっしゃって、稽古の中で何回も紹介されました。
信念を貫く志の高さと、人を許せる天地のような大きな度量を持つこと。これを太極拳の稽古の中で培うことの大切さを力説されておりました。この言葉のように、広い広い心で人を許すことが出来たら、争いが消えみんな幸せになると思うのですが...。
楊 麻紗
※ 八木明徳(沖縄県指定無形文化財「沖縄の空手・古武術」保持者)

コバルトブルーの沖縄の海


桜満開の奈良の旅
2009年4月9日~10日、恒例となりました「奈良・唐招提寺参拝の旅」に参加しました。旅先で満開の桜に出会うことはなかなか難しいものですが、今年の奈良では行く先々で、雲一つない青空と満開の桜に迎えられました。
そんな春たけなわの唐招提寺にて、楊麻紗先生の明るい「ニーハオ!」の挨拶ののち、奈良、大阪、常滑、東京から集まってくださった大勢の同心の方々と、満開の桜の下で太極拳を舞うことが出来ました。鶯の声も聞こえます。時折、ハラリ、ハラリと桜の花びらが舞い、思わず今ここにいられることの幸せと、大いなる自然に感謝しました。
夜の懇親会では、茶木康晴師範より「養心会に対して、自分に何が出来るかという事を常に考えております。」というご挨拶があり、私も養心会に対して、何が出来るのでしょうか...とまた一つ課題を頂いた気がしました。
翌日の飛鳥路もよく晴れ渡り、ここでも石舞台を囲むように、桜や花桃が今を盛りと咲き誇っていました。そんな桃源郷のようなところでも太極拳を舞うことが出来、夢のようでした。
仲間の笑顔と青い空、満開の桜と小鳥のさえずり、何もかもが揃った奈良の旅でした。いつも心を込めて迎えて下さる中村二可師範をはじめ、奈良の方々に感謝し家路につきました。
曽根田 千恵子

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花に舞う
集ひ来て唐招提寺の花に舞ふ
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鶯の声を間近かに太極拳
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まほろばの春の野に舞ふ太極拳
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甘樫の丘へ落花を踏み登る
*
宴果てて友と仰ぎし春満月
楊 麻紗


佐倉城跡公園の花見
4月4日土曜日、午前中の太極拳教室の稽古が終わってから一行8名でお花見に出かけました。京成本線勝田台駅から佐倉駅まで10分ほど乗車、めざすは国立歴史民俗博物館隣りの佐倉城址公園です。お天気も上々、桜もほぼ満開、公園内はすでにたくさんの花見客で賑わっていました。
そんな中、私達も早速大きなシートを広げてお弁当タイム。桜の木の下で、みんなで頂くお弁当はとっても美味しく、日頃なかなかできないおしゃべりで大いに盛り上がり本当に楽しい時間となりました。
どこからかハーモニカを吹きながら現れたおじさん、私達に一曲サービスしてくれました。また、懐かしい童謡や歌謡曲を上手に草笛で吹いて拍手を送られているおじさんもいたりと。
そしてこんなことも...。
通りすがりに、鉄板で作っている焼きそばのいい匂いに思わず「美味しそうですね!」と一声かけたら、見ず知らずの方からなんと鳥骨鶏のゆで卵を頂いちゃったり...。今日は楽しく良いことがいっぱい。大勢の花見客で太極拳は一部しか出来ませんでしたが、先生はじめ、お仲間と過ごした笑顔いっぱいの楽しい一日となりました。

コミュニティーアリーナ八千代教室
須藤 恵美子

{予告}
楊名時先生のエピソード(15)
人の心は天地と同じ
(近日、シリーズ「楊名時先生のエピソード」を再開いたします。お楽しみにしてください)


3月定例指導者研修会
前田篤宏先生をお迎えして
2009年3月22日、文京シビックセンターに於いて、今年初の定例指導者研修会が開かれました。特別講師として、NPO法人日本介護予防太極拳協会理事長の前田篤宏先生をお迎えし、大勢の方に参加して頂きました。「座位式太極拳12式」を通して、養生運動と体の仕組みについて学び、大好評でした。
楊家養心太極拳 事務局


2009年新春懇親会
去る2月22日(日)、養心会の「2009年新春懇親会」が、グランドプリンスホテル赤坂に於いて開かれました。この日の空は雲ひとつなく晴れ上がり、帯津良一先生・金澤弘和先生はじめ、各地から100人を超える仲間の皆様が集まって下さいました。
祝辞の中で帯津良一先生は、金澤弘和先生の学生時代の名勝負に“ときめき”が感じられたと語り、金澤弘和先生は楊名時先生との出会いの時のエピソードを披露して下さいました。楊名時先生は一目で「金澤さんは世界一の空手家になります!」と、見抜いていたそうです。
そして楊麻紗先生は、養心会が順調に発展し、昨年の9月1日にNPO法人太極拳養心会になったことを報告されました。
下村のぶ子先生の乾杯の音頭により、楽しい食事に入りました。美味しい食事をたっぷり味わったあとは、余興です。歌あり、楊式健康太極拳の演舞あり、また見るたび進化する太極拳経によるパフォーマンスと宴は闌と盛り上がりました。そして大阪代表がカラオケで歌う「河内おとこ節」に合わせて、踊りの輪ができると会場が一段と盛り上がりました。
心から楽しいと誰しもが感じた時に、天から降りてくる精霊(エンジェル)が杉江満寿夫先生の写真にはっきり写っていました。茶木康晴先生の道元禅師の「只管打座」は楊名時太極拳にも通じるとのお話に、大いに共感を覚えました。
今年の新春懇親会は、仲間の絆がより深まったように思われます。3時間の楽しかった懇親会の一部始終を、楊名時先生の遺影が微笑みながら見守ってくださいました。楊名時先生、皆様、謝謝!
養心会事務局


楊名時先生のエピソード(14)
ありがとう
2008年のNHK調査で、日本人の一番好きな言葉は「ありがとう」でした。「ありがとう」の一言があるかないかで、人の気持ちやその場の雰囲気がずいぶん変わります。中国語の「シェシェ」や韓国語の「カムサ」は感謝の気持ちを表す言葉です。
楊名時先生は「ありがとう」の言葉が大好きでした。家庭生活や仕事はもちろん、タクシーの運転手やトイレの清掃の人に対してもとても丁寧な語調で「ありがとう」を言うので、言われた側が温かい気持ちいっぱいになります。
「ありがとう」の言葉が自然体で出る楊名時先生は、誰からも好かれ、尊敬されました。平成17年7月3日、楊名時先生がこの世を去る時も、「ありがとう」と私に言ってくれました。
小林正観氏は「ありがとう」をたくさん言うと、幸せになれると解いております。楊名時太極拳の終わりの挨拶には必ず、「仲間と共に太極拳が出来たことに心から感謝します」という意味で皆が呼吸を合わせ「シェシェ」を言います。「ありがとう」をどんどん言い合って、幸せになりましょう。
楊 麻紗


2009年新春初稽古
東京に初雪が降った前日とは打って変わって、1月10日の初稽古は新春に相応しい、寒中のきりりとした空気と素晴らしい快晴の日となりました。
去年より多くの皆様をお迎えして、東京武道館の松の板張りの広い道場が狭く感じられるほどでした。声を合わせた「新年ハオ」の挨拶、そして全員での八段錦・二十四式の通し稽古で楊家養心太極拳の2009年がスタートしました。
今年は、マイクを持って語りかけていらっしゃる楊名時先生のお写真が道場正面で私達を見守って下さいました。
「暗い世相の中にあって、人と争わない楊名時太極拳があるということはとても幸せなことであり、その太極拳を通して共有共感できる仲間がいて、そこに自分の居場所があるということが、私たちの人生に豊かさをもたらす本当に幸せなことであるということを思う時、楊名時先生が、よくぞこういう世界を作ってくださったと感謝感謝です」との麻紗先生のお話は、新春稽古に集った皆の思いそのものです。
師範の先生方の二十四式の演舞は、楊名時先生のお心を引き継いで指導されている気概が満ち溢れる心を体現した素晴らしいものでしたが、そのほかの方の演舞もまた、楊名時先生の志を感じながら一つになったと感じられるもので、楊家養心太極拳としての年輪が確実に一つ増えたと実感いたしました。
楊麻紗先生の胸でひときわ目を引いた楊家養心太極拳の新しいワッペンには、太極図に楊名時先生の筆で「夢」「心・息・動」の字が記されています。年の初めにあたり、私達もこのワッペンを胸に、心を一つにして稽古に精進して参りたいとの思いを新たにし、恒例の三本締めで閉会となりました。
(牧野智子記)
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初稽古に寄せて
師の文字のワッペンつけて初稽古
淑気満つ心ひとつの大演舞
道場に太鼓のひびく寒の入り
楊麻紗


楊名時先生に救われた夫の命
昨年の10月20日、横浜の一品香会での稽古中に緊急の電話が入りました。それは横浜市立大学付属病院からのもので、「ご主人の調子が悪いのですぐ来て欲しい」とのことでした。主人は目の検診で市大病院の眼科に通っており、電話は主治医の先生からでした。
先生の緊張した声にただならぬ不安を感じ、道着のままタクシーで市大病院にすっ飛んでいくと、主人は顔面蒼白。呼吸も苦しそうです。検査の結果「急性心筋梗塞」とわかり、緊急手術をすることになりました。午後7時15分から手術が始まり、終わったのは11時15分、4時間にわたる手術でした。手術の前に執刀医の先生は、「成功率は5分5分です。ご主人の運が強ければ助かりますが...」とおっしゃいました。
私はがらーんとした手術室の前で、道着のままじっと座り手術の終わるのを待ち続けました。その間、来し方のいろいろな事が頭をよぎり、涙がとまりませんでした。心の中で「楊名時先生!主人を助けて下さい!」と必死に祈っておりました。
手術は無事終わり、主人は生還しました。やはり楊名時先生が命を救ってくださったのだとこの時確信し、嬉し涙がこぼれました。11月中旬に主人は元気に退院しました。
今年の1月3日、楊麻紗先生のご家族と一緒に、楊名時先生のお墓参りに行ってきました。「夢」の一字が彫られたお墓に向かい、深い感謝を捧げると共に、楊名時太極拳普及のため更に努力することを誓いました。なお、麻紗先生のご家族は毎月楊名時先生のお墓参りにきているそうです。
高橋祐子記
楊名時先生は晴れ男でした。この日も雲一つない冬晴れ。私たちの墓参りを喜んでいるかのように、どこからともなく大きな鳥が飛んできて、楊名時先生のお墓の上空でゆっくりと大きな輪をかき、近くの木に止まりました。
私たちが墓地を去る時、その鳥もどこかへ消えて行きました。「もしかすると、あの大きな鳥は楊名時先生の化身では?」と思われるようなことが、お墓参りには常にあります。不思議ですね...。
楊麻紗記


常滑合宿交流会
11月15日(土)、16日(日)の両日、愛知県常滑市のアリーナ体育館で、合宿交流会が開催されました。常滑市はやきもの町として古くから有名ですが、最近では中部国際空港の臨空都市として知られています。
会場には、定員をはるかに超える170人の同学が各地から集まり、全体稽古、各グループごとの演舞披露、審査等が行なわれ、密度の濃い4時間があっという間に過ぎました。
舞台上には「NPO法人太極拳養心会・楊家養心太極拳」の大きな横断幕が掲げられており、合宿主催者である杉江満寿夫先生デザインによる養心会シンボルマークの、楊名時先生の「夢」の一字が一際輝いておりました。
全体稽古は一人一人の気が大河となって流れ、会場を大きく包み込み清新で暖かい気の海となり、全員が大いに癒されました。合宿交流会を主催してくださった杉江満寿夫先生及びスタッフの皆様、そして各地から参加してくださった皆様に心から感謝いたします。
また、今回はさまざまなイベントもあり、 楊名時先生のお話も出ました。当日の模様は、地元ケーブルTVニュース・中日新聞で紹介されました。それらについてはまた後日報告いたします。
楊 麻紗

故楊名時先生のエピソード(13)
八段錦の膝の屈伸
八段錦は中国古来より伝わる健康運動で、流派もたくさんあります。楊名時先生は中学校の時に国術部に入り、馬先生より「八段錦」を太極拳の準備運動として習ったそうです。
昭和42年1月、楊名時先生が日本で初めて太極拳の指導をされた武道館でも、馬先生のスタイルを踏襲されました。しかし、馬先生の八段錦そのままでなく、動きをより柔らかくゆっくりとしたものにアレンジしました。そして、「動く禅」としての楊名時太極拳に、心身ともにすんなりと入っていくために、欠くことのできない準備運動として完成させたのです。
八段錦「背后七顚百病消」の動きは、太極拳の終わったあと整理運動として行いますが、武道館時代には膝の屈伸はしませんでした。昭和50年頃、新宿の朝日カルチャーセンターで行ったのが最初だったと思います。年配者に膝痛が多いと聞き、予防のために、楊名時先生が新たに膝の屈伸を加えたものです。
本来は7回かかとを落とす運動ですが、教室では3回に省略し、3回目に呼吸とともに膝を深く折り曲げるやり方をとっています。
楊麻紗


第3回健康太極拳交流会報告について
去る9月28日、健康太極拳なにわ友の会(高橋 保会長)は、楊家養心太極拳、主宰楊麻紗先生をお迎えして、第3回健康太極拳なにわ友の会交流会を大阪市鶴見区民センターで開催しました。
健康太極拳なにわ友の会会員及び、東京、千葉、埼玉、神奈川、愛知、奈良、和歌山、大阪の先生方そしてそのお仲間もご参加いただき、総勢250名の勢大な交流会となりました。
高橋会長、茶木名誉会長、開会のごあいさつから始まり、全員で立禅、甩手、八段錦、24式太極拳を行なった後、5グループの演舞発表、立ち位置及び椅子に座ってのケア・ヘルスタイチの演舞、最後は、茶木先生の模範演舞を拝見させて頂き午前の部は終了しました。
午後の部は、麻紗先生のご指導のもと、全員での演舞、また実技指導及び講義、本年度の師範審査、さらに麻紗先生による模範演舞を拝見させて頂きました。このほか、参加していただいた各先生の4グループ演舞発表のあと全員で記念写真撮り、会員持ち寄りの品を、プレゼントで楽しく、第3回健康太極拳なにわ友の会交流会は閉幕しました。
交流会後は、先生方と参加できる仲間が集い、懇親会を実施。大阪城の夜景をバックに、おいしい食事に舌鼓を打ち、お仲間によるタップダンス、腹話術、太極拳経の朗読、芸を見せて頂き、なごやかで、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。
麻紗先生、各先生方そのお仲間、健康太極拳なにわ友の会会員、皆様の協力で、心と体ともに実りある秋の一日となりました。謝謝
次回、お会いするのを楽しみに。再見
写真 添田康一
文 野間茂実


松本楼の食事会
去る9月25日、東京日比谷公園内にある松本楼で食事会を開きました。志木教室の昇段審査合格のお祝いのためです。
日比谷公園は明治36年に日本で初めて造られた洋式公園で、松本楼はこの公園と同時にオープンしました。官庁街にポッカリ展けた緑豊かな公園に、往時を思わせるような洋館のたたずまいです。当時は夏目漱石や高村光太郎など、多くの文人の憩いの場にもなったそうです。
また、1階ロビーには、孫文夫人である宋慶齢が弾いたピアノが展示されていました。革命の父・孫文は松本楼の馴染み客で、宋慶齢との出会いは、松本楼の現社長夫人の祖父にあたる梅屋庄吉の邸宅だったそうです。梅屋庄吉は一生を通じて、孫文を物心両面で支えた人です。
昭和46年秋、放火により松本楼は焼失しました。日本全国から支援の手がさしのべられ、昭和48年9月25日に、新装再オープンすることができました。その時の記念行事として、「10円カレーチャリティーセール」が始まり、現在に至っているとのことです。
私たちの食事会は、まさに「10円カレー」の日でした。何も知らずに公園に入って驚きました。人、人、人です。長蛇の列が、二重三重の人垣を作っているのです。私たちはそんな人垣を避け、木陰で食事前の太極拳をゆったりと舞いました。40年前真夏の日比谷公園で、太極拳のデモンストレーションを行った楊名時先生を思い出しながら...。
食事も大変美味しく、日中の歴史と楊名時先生を憶う、有意義で楽しい食事会でした。
(楊麻紗記)


* 写真提供:佐藤 巌さん
新潟阿賀野市合同演習会
9月20日、阿賀野市で合同演習会が開催され、師家楊麻紗先生のお共で東京から六名が出席しました。
気になっていた台風も遠くへ去り、楊名時先生のいつもの第一声「本日は晴天なり」の言葉の如く、雲一つない実り豊かな秋晴れとなりました。
会場となっている笹神体育館の中に入ると、大きな熱気が流れていて正面に、「楊家養心太極拳合同演習会」と書かれた下に大勢(130余名)の参加者で溢れていました。
楊麻紗先生の「ニーハオ!」で始まり、続いて新発田の笠原初江先生のお話で、「長年太極拳を続けて来て本当に幸せを実感しており、今日初めて参加された方々も太極拳のすばらしさを体験して下さい」と挨拶があり、楊麻紗先生のリードで、準備運動、八段錦で心と呼吸を整え、二十四式を流れるように心を込めて体育館いっぱいに広がって演舞をしました。
続いて楊麻紗先生から太極拳の最も大事にしている精神面の真髄を伝える講話と太極の華(九、十、十一)の十番の雲手を呼吸を入れながら懇切丁寧に指導をしていただきました。このような指導を受ける機会の少なかった参加者から、正しい動きを改めて認識できたと感想を頂きました。
後半は全員元気に稽古を終えこの度お世話していただいた加藤博子先生の閉会の言葉で、盛会のうちに合同演習会は終わりました。
井川芳子記


9月定例指導者研修会
すっかり定着した楊麻紗先生による指導者研修会は、9月で11回目を迎えました。今回から場所を文京シビックセンターに変え、広々とした中で、ゆったりと太極拳の稽古が出来ました。
中間で行われる麻紗先生の講義のテーマは、「中国人の好む数字」で、太極拳の指導者が心得ておかなければならない“五行と八卦”についてでした。
時折笑いを交えての麻紗先生の講義に、参加者の皆さんは、熱心にメモをとっておりました。
後半の型の部分稽古では、麻紗先生の指導のもと、互いに動きを確かめ合う参加者の皆さんの真剣なまなざしが、印象的。楽しく学ぶ中に、緊張感のある有意義な指導者研修会でした。
楊砂織
ディミトリー

故楊名時先生のエピソード(12) 太極拳の品格
楊名時先生は常々、「楊家の太極拳は清王朝の方々に太極拳を教えたので、何よりも品格を重じた」とおっしゃっておりました。従って、楊名時太極拳も、品格を下げてはいけませんよと。
では、その太極拳の品格は、どこから生まれますか?と尋ねましたら、即座に
「打算をしないこと!」
と答えられました。楊名時太極拳は技の上手下手を云云したり、競い合ったりするのではなく、素直な心でその人の一番楽な状態で体を動かして舞うため、舞う人の人格が表れるのです。
人に格好よく見せようとか、人を許すことができない人、てらいのある人の太極拳はどこかに力みがあり、癒しの太極拳になりません。全ての世俗を忘れて、空間の中に溶け込むような感じで動くとが大切です。
「太極拳は人なり」です。太極拳を稽古することは、健康を維持するだけではなく、日々人格を磨く修行でもあるのです。
楊麻紗


故楊名時先生のエピソード(11)
見取り稽古
楊名時先生の指導法は、見取り稽古でした。型や足の動かし方といった型の説明は、一切行いませんでした。まして手取り足取りの個人指導など、一度も見たことも聞いたこともありません。ただひたすら先生の動きを見て、それを真似て覚えるのです。
40年来の稽古の中で、楊名時先生が強調されたことは、「心の自由」でした。無心で太極拳を舞うことにより、型を超えた“自然との一体感”をつかんで欲しかったのだと思います。
楊麻紗


会員の作品から
養心会に各地から写真、絵画、短歌、俳句などの作品が沢山寄せられています。有り難く思っております。
今回もまた、素敵な俳画が届きましたので、ご紹介します。


故楊名時先生のエピソード(10)
夏の稽古
連日、猛暑の日本列島ですね!主人である楊名時先生が、夏場の稽古についてよく話されたことを、思い出しました。
「太極拳は陰陽が大切なので、夏の暑いときの稽古は、運動量を少し加減をすること。つまり、腰の高さをあまり低くしないこと。また集中力を高めすぎないこと。言い換えれば、ほどほどの稽古量で行なう」
「太極拳を涼やかに舞うこと。その涼やかさは、足運びからくる」
楊麻紗

楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会 (3)
感謝申し上げます
去る6月14日(土)に開かれました「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」は、皆様のご協力により大盛会でした。心よりお礼申し上げます。志の高い方々の気が満ち溢れて、魂が洗われるような清清しい交流大会でした。楊名時先生も大変喜んで下さったと思います。
折りしも京橋界隈は、日枝神社の山王祭りで賑わっておりました。
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沙羅咲くや先師を偲ぶ友あまた
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夏に舞ふ養心会の旗のもと
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涼しさは太極拳の足捌き
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窓越しの銀杏青葉のそよぐなり
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祭り笛流るる路地を帰り来し
主宰 楊 麻紗


全員が気を合わせて
楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会 (2)
カメラから見えたこと
私は楊家養心太極拳事務局から頼まれて、毎年恒例の行事をカメラに収めております。楊名時先生が亡くなられてから7月3日で、まる3年になります。過去10回にわたる養心会の行事・イベントを通して、一つのことに気づきました。人は、カメラマンの目線を感じたら、格好よく決めようと、固くなってしまいます。そして、動きもばらばらになります。
しかし、今回は違っていました。人と競うことなく、全員がお互いに気を通わせて動いていたのです。そして、カメラを気にしないため、呼吸も流れも見事に合い、全員が一つの空間の中で悠然と白鶴の舞を舞っていました。これぞ楊名時太極拳の真髄だと、感動しました。
太極拳大好きなカメラマン


楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会 (1)
太極拳は心ときめく養生の場
師家楊名時先生が亡くなられてから7月でまる3年になろうとする6月14日(土曜日)、先生に感謝を捧げ、先生のご遺徳を偲ぶ太極拳交流の集いが催されました。
梅雨時とは思えない、吹き渡る風も心地よい快晴に恵まれました。
「楊家養心太極拳」の幕の下、正面に楊名時先生が微笑まれているお写真が飾られ、いつも私達とともにいて導いてくださる先生をいっそう身近に感じられる会場で、一同による黙祷で交流大会が始まりました。
今年は名古屋をはじめとする遠路からもはるばる多数の方々がご参集くださり、参加者は昨年を大幅に上回りました。
八段錦、太極拳24式を全員で舞い、参加者の心がひとつとなってまことに清々しい気で満ち溢れました。
帯津良一先生のご講話では、皆の第一の関心事である健康のトピックスについて、時に笑いを交えてお話しくださいました。
後半に行なわれた師範の皆様による演舞は、“気”と“間”が一つにまとまった練熟の味、またそのあとの経験の浅い皆様による演舞も、楊先生のお心を受け継いでいこうとする気持ちでいっぱいの演舞で、両方をご覧になった楊名時先生の“大好(タイハオ)”と仰ってくださる声が聞こえるようでした。
交流会を重ねるごとに、同心の皆様との心のつながりが深まってまいります。
楊家養心太極拳が心ときめく養生の場であることがますます実感された、素晴らしいひとときとなりました。
(牧野智子記)


草加に招かれて
去る5月15日、埼玉草加市の小川睦子師範が主催する会に出席しました。昨年に続き2回目となるこの会に、今年も大勢の仲間が集まりました。天気も快晴となり、「本日は晴天なり」の楊名時先生の言葉が聞こえそうです。
主催者の小川睦子師範の挨拶に始まり、楊家養心太極拳主宰楊麻紗先生の
「楊名時先生の太極拳の型と教えを守り、伝えていく責任を私に課されていますので、その道をひたすら邁進していきます」
との力強い言葉は、参加者一人一人の胸にしっかり届いたようでした。
八段錦、太極拳の全体稽古のあと、主宰と私と夫の3人による演舞の機会をいただきました。家族3人で演舞するのは、初めての体験でしたが、好評だったようです。
後半は楊麻紗主宰による部分稽古とポイント指導。そして質問のあった「雲手」を細かく解説して下さり、皆さんは一様にうなずいていました。その後、師範の先生方による演舞へと移り、参加者一同見入っていました。
八段錦、太極拳の全体稽古をゆったりと行い、暖かく大きな拍手の中、会は終わりました。皆様、ありがとうございました。
楊砂織


繁栄を願う大凧
春日部市旧庄和では、5月5日の端午の節句に男子出生を祝い、子供の名前や紋章を書いたミニ凧を作ります。毎年5月3日~5日に行われる祭りの大凧は有名で、その大きさは日本一です。縦15m、横11m、重さは800kgもあります。赤は太陽を、緑は大地を表しています。
江戸川の河川敷広場で、大歓声とともにゆつくりと大空に舞い上がる大凧は、雄大で素晴らしいものです。
この伝統ある庄和の百畳敷の大凧を、楊家養心太極拳に贈らせていただきました。養心会のご繁栄と、楊麻紗主宰及び会員の皆様の健康・幸せを願い、そして楊名時太極拳に出会えた幸せに感謝し、天国の楊名時先生にも大凧が見えますように、高く高く大空に舞い上って欲しいとの祈りを込めております。
春日部市庄和睦時会 酒井登美子


第11回なにわ友の会一泊研修会
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