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梅が咲き初めました
立春から続いた厳しい寒さが緩み、今日の東京は3月上旬の陽気となりました。あちらこちらで梅が咲き初めました。梅のこの時期になると、楊名時先生は必ず私たちに次の句を紹介してくださいました。
梅 花 耐 風 雪
到 時 放 雅 香
梅の花は風雪に耐えて、時期が来れば雅香を放つという意味ですが、人も太極拳も人生の苦しみや稽古の積み重ねがなければ、成長や成果が得られないことを諭しています。
梅は中国の国花であり、2500年前に栽培化され、日本へは奈良時代に遣唐使が薬用として持ち帰ったのが、始まりだそうです。
春、百花に先んじて咲くため「春告草」の別名があり、花言葉は「高潔」。楊名時先生は梅が大好きで、晩年庭に梅を植え花と香を楽しんでおられました。
楊 麻紗

90歳の年賀状
今年もたくさんの年賀状を頂きました。ありがたいことです。その中からI.A.さんの年賀状を紹介いたします。この方は90歳の男性で、元気に太極拳の指導を行なっております。
楊 麻紗



太鼓の音と共に始まる新春稽古
2010年新春初稽古
1月5日(火)、「2010年新春初稽古」のこの日も、楊名時先生が私達のために穏やかに晴れ上がった新春の青空を用意してくださいました。
楊家養心太極拳の、いまや恒例となった東京武道館での新春初稽古に、「新年の計はここにあり」と各地から集った大勢の同心の皆様は、明るい笑顔で再会とお互いの健康を喜び合いました。
恒例の太鼓の音で始まった初稽古は全員での八段錦、心を一つにした二十四式と続き、みないっそうリラックスして太極拳健康美人となりました。
楊麻紗先生のご講話は、東京湯島聖堂孔子廟での年初の素読会で、楊名時先生がよく語っておられた論語の一節「罷めんと欲すれども能わず」の出典に偶然に再会したというお話でした。
孔子の教えは、何千年の歴史の中で受け継がれてきた、人として持っていなければならないことで、楊先生もそれを一番大事に説いておられました。
楊名時先生を始祖として仰ぎ見つつ、太極拳24の型を通して心を磨き、教養を深め、その深めた目で世の中を見れば深い真実が見え、礼(けじめ)をもった友との接し方の中に仲良くすれば、争いはないでしょう。
楊名時先生は、「太極拳は止めようとしても止められないのだよ、つまり10年やればもう止めようと思っても止められない。太極拳は中毒になってよろしい。そうならないと本物にならない」とおっしゃっていたそうです。
この境地にすでに達した方々も、少し感じ始めた方々も、太極拳を始められたばかりの方々も、太極拳ができる幸せをそれぞれに感じながら、楊家養心太極拳が孔子廟の庭にある楷(かい)の大木のように樹勢正しく太い幹となれるように、ことし一年また稽古を続けていきたいとの思いを共にいたしました。
(牧野智子記)


常滑合宿交流大会
前日の激しい雨が上がり、好天に恵まれた11月14日(土)、愛知県常滑市のサザンアリーナ体育館で、「09年楊家養心太極拳常滑合宿交流大会」が開かれました。
常滑での交流会は3回目となり、各地から年々参加者が増え今回は総勢170人を超える盛況でした。
楊名時先生の大好きな言葉「本日は晴天なり、晴天なり」の大合唱に始まり、楊麻紗先生の演舞、参加グループによる演舞披露、更に昇段審査も行われ、4時間がまたたく間に過ぎてしまいました。
今回強く感じたことは、技の向上だけでなく精神的な深まりでした。魂の共鳴が生まれ、楊名時太極拳の気の世界が具現化されたように思います。
夜の懇親会は一転して爆笑の渦。全員が心の底からうち解け、喜び合いました。「喜びの精霊」が写真にいっぱい写っていたそうです。
翌朝の海浜公園での太極拳も印象的。朝日と海の気を全身に浴びながら、気持ちよく稽古できました。二日間晴天にして下さった楊名時先生、参加して下さった皆様、心より感謝致します。
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手袋をして早朝の太極拳
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焼物の町を巡りし菊日和
楊 麻紗

師範審査レポートより(3)
久しぶりに師範審査レポートをご紹介いたしますので、皆様の参考にしていただきたいと思います。
養心会のレポートのテーマは三つありますが、その中の一つ「太極拳をやって良かったこと」は、受験者一人ひとりの入会動機、人生観、医療効果などの貴重な体験が記されております。今回ご紹介する方は、都内で開業している内科医です。
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一番よかったこと - 心にこだわりがなく、自由になった。細かいことにとらわれず全体を見通し俯瞰が出来る感じ。人へのまなざし暖かく(温かく)なったと思う。
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身体が柔軟に、持久力、力のバランスとコントロールできるようになった。そのため腰痛も取れた。(予防も可能)
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健康になった。疲れにくく、抵抗力も増した。何より身体の声に耳を傾けられるので、異変への対処は早くなった。
(N.Y.さん 67歳 女性)


新潟太極拳交流大会
去る10月24日、新潟阿賀野市の笹神体育館で楊麻紗先生をお迎えして「第二回新潟太極拳交流大会」が開かれました。大勢の仲間が集まり、東京からも10名が楊麻紗先生に同行し、地元の仲間との交流をはかりました。今回は名古屋から杉江満寿夫師範が参加してくださり、「幸せの精霊」の話を写真を見せながら説明して下さいました。皆さん感心して聞いておりました。
全体稽古、昇段審査、グループ別の演舞を行い、楊麻紗の特別指導では、「八段錦の各動作ごとに足を寄せないこと」の意義を詳しく説明して下さり、目から鱗が落ちたと大好評でした。
翌日は早朝から晴天でした。三千羽の白鳥が飛来している瓢湖湖畔での早朝太極拳の気持ちがよかったこと。まさに自然との一体感です。加藤博子師範、坂詰一年さんのご厚意で、五頭山へ紅葉を見に行きました。新潟の大きな山河と、太極拳の仲間の絆の深さに触れた一日でした。新潟の皆さん、ありがとうございました。
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会場は刈田の中の体育館
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白鳥の湖辺の早朝太極拳
楊 麻紗


能舞台の太極拳演舞
去る9月14日、大阪の西村能舞台で太極拳の演舞をいたしました。楊名時先生は伊勢神宮の能舞台、奈良公会堂の能舞台で太極拳を演舞されておりますが、私は初めての体験でした。能舞台は総桧作りで、能は元来神事ですので、裸足で舞台に上がることは禁じられているのですが、西村信子師範の特別の計いで、裸足で演舞させて頂きました。
足裏から伝わる桧の柔らかい感触と、桧の清らかな香りが私の心を洗い、幽玄の世界に導かれる感じでした。特に緊張はしていなかったのですが、当日は肩の状態が悪く思うように太極拳が舞えません。百華拳を舞い常滑の方々に気功治療をやって頂いた後、無事に太極拳を舞うことができホッといたしました。
演舞の後、杉江満寿夫師範のカメラに「精霊」がしっかりと写っており、驚くとともに嬉しくなりました。まるで私の手の先で共に太極拳を舞っているような、戯れているような感じです。楊名時先生が先導してくださったのに違いありません。
私の能舞台の貴重な体験は、楊名時先生に感謝。西村能舞台に感謝。そして応援して下さった皆様に感謝 感謝でした。
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錦秋に舞ふや先師を憶ひつつ
楊 麻紗


シルクロードの旅 木村鎮夫さん撮影
シルクロードの旅
8月の末にシルクロードへ旅して参りました。ウルムチからトルファン、敦煌、玉門関、陽関、嘉峪関を経て西安に至る所謂天山北路の略半分3000Kmです。
三蔵法師が滞留した高昌国の古城跡や莫高窟、鳴沙山等あちこちを巡りましたが、ここでは西域の人々の暮らしぶりについてご報告したいと存じます。
ゴビ砂漠の中のオアシスの生活環境は、夏は毎日40度を越える気温に加え今年になってから1回も雨が降っていないとのことで、学校の授業も長い長い昼休みを挟んで夕方6時に開始され、夜は満点の星空の下でお庭や路上に寝台を持ち出して寝むという生活をしていました。
そんな環境ですので、当地では太極拳どころではありませんでしたが、西安に戻ると朝の太極拳に勤しむ人々の姿を見かけ、何かほっとすると同時に改めて中国の広さを感じてきた次第です。
皆様も機会を見つけて、是非お出かけください。
2009年9月
木村鎮夫
2009年10月4日、新しい写真を追加






第4回健康太極拳交流会
9月13日に、なにわ友の会(会長 高橋保)主催の「健康太極拳交流会」が開かれました。今年は第4回目で、大阪をはじめ奈良、常滑、東京の仲間が集まり、大変有意義な大会となりました。
翌日は西村邸の能舞台で、師範審査と楊麻紗先生の演舞が行われ、西村信子さんの妹さんによるお祝いの謡曲が、花を添えました。
最後に、出席者全員が能舞台に上がらせて頂き、貴重な体験も致しました。
(詳しい報告を、後日当ページで行います)
事務局より


楊名時先生のエピソード(19)
道着の帯
楊名時先生は「道着は稽古着であると同時に、最高の舞台衣装」とよく言われておりました。能舞台で太極拳を舞われた楊先生の道着姿は、凛とした気高さを感じさせます。白の道着に黒帯が、全身を引き締め安定感を与えます。
楊名時先生の稽古中の帯は、空手の恩師・故中山正敏先生から贈られたものが一番のお気に入り。50年近く締め込まれたその帯は、ほつれて糸状になっており、両端に刺繍された名前の文字は読むことができません。
因みに楊名時先生から贈られた私の帯は、「楊家太極拳師家楊名時」「渋谷麻紗恵存」と刺繍されており、40数年この帯を愛用しております。帯を見れば太極拳の稽古量が、一目瞭然です。
楊 麻紗


会員の作品より
笠原初恵師範よりパッチワークの見事な作品が届きましたので、ご紹介いたします。新潟・新発田市大栄町の「平成21年度いきいき作品展」に出品されたものです。テーマは源氏物語で、髪の毛や琴の弦など緻密さがよく現れております。大変好評だったそうです。


楊名時先生のエピソード(18)
旅にも道着持参
楊名時先生は道着が大好きでした。楊名時太極拳の正式なユニホームは道着ですが、楊名時先生が特に日本の空手を愛好されたことに由来します。手足の長い楊名時先生は、誰よりも道着の似合う方でした。
楊名時先生は太極拳の指導のかたわら、大学で中国語を教える教育者でもありました。お気に入りのハンティングワールドの大きなカバンの中に、いつも教科書と道着を入れておりました。授業の終わった後、午後か夜に太極拳の稽古があるからです。太極拳の教室が増えるにつれて、埼玉の東松山にある大学から、神奈川の横浜、そして東京の自宅に帰るということが、週の内で2,3回ありました。早朝家を出て帰るのは夜中です。このサイクルは、70歳の定年まで続き、「元気だな~」といつも感心しておりました。
道着はプライベートな旅行にも持ち歩きました。「重いので持って行かなくても」と私が言うと、「旅先で太極拳の稽古をするし、寝間着にもなり便利だよ。何よりも道着はボクの武士の魂・刀だよ!」とニコニコと答えるのでした。おだやかな笑顔の中に、武道人の強い芯を感じました。
楊 麻紗


学校からの感謝状
大阪の茶木康晴師範が今年も、熊取町立東小学校の依頼で「なかよしタイム」で健康太極拳体験教室を開き、学校長と生徒代表からのお礼及び「なかよしタイム」新聞を頂きました。それをご紹介いたします。
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健康太極拳は、元々中国で発達した武道門であり健康門であり、今年も生徒達に、太極拳の武道的な動きと、健康太極拳の技・形だけでなく、心の太極拳をテーマに、健康太極拳は「礼で始まり、礼で終わる」、礼儀を大切に、仲間を大切にする思いを伝えたつもりです。
又、子供たちは朝食を食べない子はよくキレるらしいのですが、参加して頂いた生徒達全員、早寝・早起・朝食を食べ、正しい身心を育てるスポーツ等を行い、仲間と一緒に身体を鍛え勉強している、素晴らしい生徒さんで将来は安心しました。
学校及び先生方の益々の発展と、子供達が元気で育つことを願い、今回も、子供達に教えられることがあり、感謝です。
茶木康晴


旧盆に入りました。楊名時先生が亡くなられて、まる4年が過ぎました。2005年の初秋に、愛知県の村田勝治さんより「楊名時先生の追悼絵てがみ」を頂きました。村田勝治さんは筋肉の萎縮する病にかかっており、筆が使えず箸の先で字を書いたため、ところどころ墨が滲んでおります。2007年に村田勝治さんも亡くなられたそうです。おやさしい方でした。楊名時先生と村田さんを偲び、その絵てがみを紹介いたします。
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天国の楊名時先生
あまりに衝撃的なお知らせでした。今年の4月愛知県支部の総会で、お目にかかれ握手をして下さり、「治るからね」と私の震える手を握って下さった先生のあったかな手。去年の秋の先生の八十歳のお祝いを兼ねての合宿でも、握手をしながらそう言って下さった。
そう信じることが心の持ちようで、病の半分は治ると思います。人様のトップに立たれる方の持つ大きな心で、相手を包みこまれる力と行動力をいつも示しておられた。「本日は晴天なり」と少し照れながら話し始められる先生のお姿。眼をつぶればすぐに先生にお会いできます。
どうか安らかにお眠り下さい。私も病の治った姿で天国の先生とお目にかかれますように、リハビリに励みます。合掌
2005年初秋 村田勝治


楊名時先生のエピソード(17)
胸に涼風を
私たちは自然の中に生きています。特に日本は四季の変化に恵まれています。そんな日本が大好きな楊名時先生は、太極拳の夏の稽古の仕方を、「胸に涼風を」と表現しています。
太極拳の動きの中で涼やかに見せるためは、足の運びを上品にすることが大切ですが、胸に涼風とは目に見えない内面やイメージを言ったものです。
例えばいつもの教室を白樺の林、または湖畔に置き換えそこで太極拳を舞っているとイメージするのです。そうすると不思議なことに、脳が反応して体が涼しく感じるのです。
そして一番大切なのは、心の涼しさ。自我を捨て、拘わらない心で太極拳を舞えば、おのずと内面に涼風が吹きわたります。
楊 麻紗


楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会
貴重な梅雨の好天を賜わった6月27日(土)、河野太通ご老師をお迎えして、「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」が開かれました。会場となった東京京橋区民館には、昨年をはるかに越える仲間が集まり、盛会でした。
昨年9月1日に設立したNPO法人太極拳養心会の総会も兼ねて行われ、会場に掲げられた真新しい横断幕が一際鮮やかです。
全体稽古の後、河野太通ご老師のご講話は、心に強く響きました。孔子の生きた時代背景、オーヘンリーの小説『賢者の贈り物』、現代の学生のアンケートを通じて、“人の幸福とは何か”を語って下さいました。その答えはお互いに相手を思いやる心、これが最も大切だと語られました。
楊麻紗先生が挨拶で述べられた「仁義」は、楊名時先生が力説されていた言葉であったと聞き、河野太通ご老師と共通テーマでありました。人は人を思いやる心を生まれながらにして持っています。しかし、この心を持ち続けるのは難しい。楊名時太極拳を稽古することは、人を思いやる心に立ち返ること。その繰り返しが大切だとご講話を結ばれました。
河野太通ご老師のご講話のあとの団体演舞は、人を思いやる心が具現化され、えもいわれぬ温かく静かな気が漂っておりました。NPO法人太極拳養心会のこれからの発展が確信され、充実感溢れる「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」でした。楊名時先生も喜んでおられることでしょう。皆様、ありがとうございました。
事務局


楊名時先生のエピソード(16)
共存共栄
楊名時先生が「養心会」を作りたいと考えたのは、亡くなる5、6年前だと思います。この構想は私だけでなく、何人かの古い仲間にも話されておりました。
組織が大きくなるにつれ、楊名時先生の求めていた太極拳とは少し違って来たのでしょうか。淋しい表情で養心会のことを何度も私に話すようになりました。
ある時、私は「養心会を作ることは、今ある組織の分裂ではないにですか?」と尋ねましたら、即座に「お前は小さい。分裂ではなく発展ではないか!一つの組織で全てができる訳がない。一つが三つになり、三つが五つなる。これは自然の理である。十や二十あっては困るが、五つぐらいの組織があってそれぞれが特徴を生かして、楊名時太極拳を普及させていくのがよい。そうしなければ大きな発展はない。“共に生存し、共に繁栄する”ことが大切なんだよ」と。
楊名時先生はやはり中国人!度量の大きさが違うと感心し、納得したことを今でも強烈におぼえております。
楊 麻紗


入選おめでとうございます!
杉江満寿夫師範の絵画が、「第97回日本水彩展」に入選しました。6月1~10日に上野の都美術館に於いて入選作品が展示される中、杉江満寿夫師範の作品「台船燦燦」は1階のメイン会場に堂々と飾られておりました。
そして、すでに何度も入選を果たしているため、審査員の監査は不必要で出品を許される無鑑査にも推薦されたそうです。重ね重ねおめでとうございます。
楊 麻紗


第12回なにわ友の会一泊研修会
5月16~17日、第12回なにわ友の会(茶木康晴名誉会長)の一泊研修会がレイクフォレストリゾート(京都府)で行われました。奈良の中村二可師範、田村順子さんも参加して下さり、参加者40名でした。
16日(土)、重い雲におおわれた空模様でしたが、12時50分、奈良駅集合、出迎えのバスにてレイクフォレストへ、若緑の芝生が美しく、周囲の木々には霧がかかり幻想の世界へ入り込んだようでした。
早速太極拳、始めに師範の方一人ずつによる八段錦の説明と演舞、意味を知り、呼吸を入れ、ゆっくり経絡に気を通して行きます。そして、中村二可師範のご指導にて、24式太極拳を行いました。
6時30分の夕食迄は自由時間、岩盤浴、水泳、パターゴルフをする方、部屋でおしゃべりをする方、それぞれ楽しく過ごしました。
京都府相楽郡は筍の産地、夕食は筍料理が並びました。特におこげの入った釜炊きの筍ご飯は美味でした。
翌17日(日)今日も雲は厚く、6時半からの早朝太極拳は、初めは肌寒く感じましたが、きれいな酸素を身体中にめぐらせていくうち、お腹の中からほかほか、そして40名の方々の元気の気を頂き幸せな気持ちになりました。
朝食後もう一度太極拳を行い、昼食後現地解散でした。
二日間共、今にも落ちてきそうな空でしたが、傘を差すことはありませんでした。楊名時先生が両手を広げて覆っていて下さったのではないでしょうか。
感謝いたします。
三輪紘子記


草加八段錦・太極拳研修会
5月14日快晴のなか、楊麻紗先生は草加の八段錦・太極拳研修会に、今年も招かれました。これまで長きに渡り草加で楊名時太極拳の指導に当たられた小川睦子先生が、遠方へ引っ越されたため、お弟子の先生方とお仲間のご協力によりこの会が開かれ、100名を超える皆さんが集まりました。
全員で太極拳24式を舞った後、私たち家族3人で演舞させて頂き、好評を得ました。続いて林義雄先生の教室の皆さん等による太極拳が披露され、型が綺麗にきまって本当に見事。さらに全体でも太極拳24式を行いました。
「始めから終わりまでひとつの流れで太極拳を舞うにはどうすればいいのですか」という質問に対して麻紗先生は、「全ての動きに意念をもことが必要です」と答えられました。
「楊名時太極拳では、太極拳24式と八段錦しかやりませんが、とても奥が深いです。たくさんの研究材料が含まれています。一生かけても全てを掴むのはなかなか難しいもの」との麻紗先生の言葉を聞いて、楊名時先生の目指したその場所へと続く太く遥かなる道をゆっくり楽しみながら歩いていこうと思いました。
楊 砂織


沖縄の踊りの輪に入る楊名時先生
楊名時先生のエピソード(15)
人の心は天地と同じ
沖縄に、空手の大家八木明徳という方がおられました。楊名時先生より2年ほど早い2003年に故人となられましたが、生前、楊名時先生は八木明徳先生を大変尊敬し、親交を深められました。空手の道を歩む大先輩としてだけでなく、「麻雀」を好む親しい仲間でもあったようです。両大家の麻雀の腕は、なかなかのものだったと聞いております。
楊名時先生が八木明徳先生から教示された言葉が、「人心同天地 血脈似日月」で、人の心は天地と同じ、血脈は日月に似たりと読みます。楊名時先生はこの言葉が大変気に入り、「太極拳にピッタリだ!」とおっしゃって、稽古の中で何回も紹介されました。
信念を貫く志の高さと、人を許せる天地のような大きな度量を持つこと。これを太極拳の稽古の中で培うことの大切さを力説されておりました。この言葉のように、広い広い心で人を許すことが出来たら、争いが消えみんな幸せになると思うのですが...。
楊 麻紗
※ 八木明徳(沖縄県指定無形文化財「沖縄の空手・古武術」保持者)

コバルトブルーの沖縄の海


桜満開の奈良の旅
2009年4月9日~10日、恒例となりました「奈良・唐招提寺参拝の旅」に参加しました。旅先で満開の桜に出会うことはなかなか難しいものですが、今年の奈良では行く先々で、雲一つない青空と満開の桜に迎えられました。
そんな春たけなわの唐招提寺にて、楊麻紗先生の明るい「ニーハオ!」の挨拶ののち、奈良、大阪、常滑、東京から集まってくださった大勢の同心の方々と、満開の桜の下で太極拳を舞うことが出来ました。鶯の声も聞こえます。時折、ハラリ、ハラリと桜の花びらが舞い、思わず今ここにいられることの幸せと、大いなる自然に感謝しました。
夜の懇親会では、茶木康晴師範より「養心会に対して、自分に何が出来るかという事を常に考えております。」というご挨拶があり、私も養心会に対して、何が出来るのでしょうか...とまた一つ課題を頂いた気がしました。
翌日の飛鳥路もよく晴れ渡り、ここでも石舞台を囲むように、桜や花桃が今を盛りと咲き誇っていました。そんな桃源郷のようなところでも太極拳を舞うことが出来、夢のようでした。
仲間の笑顔と青い空、満開の桜と小鳥のさえずり、何もかもが揃った奈良の旅でした。いつも心を込めて迎えて下さる中村二可師範をはじめ、奈良の方々に感謝し家路につきました。
曽根田 千恵子

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花に舞う
集ひ来て唐招提寺の花に舞ふ
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鶯の声を間近かに太極拳
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まほろばの春の野に舞ふ太極拳
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甘樫の丘へ落花を踏み登る
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宴果てて友と仰ぎし春満月
楊 麻紗


佐倉城跡公園の花見
4月4日土曜日、午前中の太極拳教室の稽古が終わってから一行8名でお花見に出かけました。京成本線勝田台駅から佐倉駅まで10分ほど乗車、めざすは国立歴史民俗博物館隣りの佐倉城址公園です。お天気も上々、桜もほぼ満開、公園内はすでにたくさんの花見客で賑わっていました。
そんな中、私達も早速大きなシートを広げてお弁当タイム。桜の木の下で、みんなで頂くお弁当はとっても美味しく、日頃なかなかできないおしゃべりで大いに盛り上がり本当に楽しい時間となりました。
どこからかハーモニカを吹きながら現れたおじさん、私達に一曲サービスしてくれました。また、懐かしい童謡や歌謡曲を上手に草笛で吹いて拍手を送られているおじさんもいたりと。
そしてこんなことも...。
通りすがりに、鉄板で作っている焼きそばのいい匂いに思わず「美味しそうですね!」と一声かけたら、見ず知らずの方からなんと鳥骨鶏のゆで卵を頂いちゃったり...。今日は楽しく良いことがいっぱい。大勢の花見客で太極拳は一部しか出来ませんでしたが、先生はじめ、お仲間と過ごした笑顔いっぱいの楽しい一日となりました。

コミュニティーアリーナ八千代教室
須藤 恵美子

{予告}
楊名時先生のエピソード(15)
人の心は天地と同じ
(近日、シリーズ「楊名時先生のエピソード」を再開いたします。お楽しみにしてください)


3月定例指導者研修会
前田篤宏先生をお迎えして
2009年3月22日、文京シビックセンターに於いて、今年初の定例指導者研修会が開かれました。特別講師として、NPO法人日本介護予防太極拳協会理事長の前田篤宏先生をお迎えし、大勢の方に参加して頂きました。「座位式太極拳12式」を通して、養生運動と体の仕組みについて学び、大好評でした。
楊家養心太極拳 事務局


2009年新春懇親会
去る2月22日(日)、養心会の「2009年新春懇親会」が、グランドプリンスホテル赤坂に於いて開かれました。この日の空は雲ひとつなく晴れ上がり、帯津良一先生・金澤弘和先生はじめ、各地から100人を超える仲間の皆様が集まって下さいました。
祝辞の中で帯津良一先生は、金澤弘和先生の学生時代の名勝負に“ときめき”が感じられたと語り、金澤弘和先生は楊名時先生との出会いの時のエピソードを披露して下さいました。楊名時先生は一目で「金澤さんは世界一の空手家になります!」と、見抜いていたそうです。
そして楊麻紗先生は、養心会が順調に発展し、昨年の9月1日にNPO法人太極拳養心会になったことを報告されました。
下村のぶ子先生の乾杯の音頭により、楽しい食事に入りました。美味しい食事をたっぷり味わったあとは、余興です。歌あり、楊式健康太極拳の演舞あり、また見るたび進化する太極拳経によるパフォーマンスと宴は闌と盛り上がりました。そして大阪代表がカラオケで歌う「河内おとこ節」に合わせて、踊りの輪ができると会場が一段と盛り上がりました。
心から楽しいと誰しもが感じた時に、天から降りてくる精霊(エンジェル)が杉江満寿夫先生の写真にはっきり写っていました。茶木康晴先生の道元禅師の「只管打座」は楊名時太極拳にも通じるとのお話に、大いに共感を覚えました。
今年の新春懇親会は、仲間の絆がより深まったように思われます。3時間の楽しかった懇親会の一部始終を、楊名時先生の遺影が微笑みながら見守ってくださいました。楊名時先生、皆様、謝謝!
養心会事務局


楊名時先生のエピソード(14)
ありがとう
2008年のNHK調査で、日本人の一番好きな言葉は「ありがとう」でした。「ありがとう」の一言があるかないかで、人の気持ちやその場の雰囲気がずいぶん変わります。中国語の「シェシェ」や韓国語の「カムサ」は感謝の気持ちを表す言葉です。
楊名時先生は「ありがとう」の言葉が大好きでした。家庭生活や仕事はもちろん、タクシーの運転手やトイレの清掃の人に対してもとても丁寧な語調で「ありがとう」を言うので、言われた側が温かい気持ちいっぱいになります。
「ありがとう」の言葉が自然体で出る楊名時先生は、誰からも好かれ、尊敬されました。平成17年7月3日、楊名時先生がこの世を去る時も、「ありがとう」と私に言ってくれました。
小林正観氏は「ありがとう」をたくさん言うと、幸せになれると解いております。楊名時太極拳の終わりの挨拶には必ず、「仲間と共に太極拳が出来たことに心から感謝します」という意味で皆が呼吸を合わせ「シェシェ」を言います。「ありがとう」をどんどん言い合って、幸せになりましょう。
楊 麻紗


2009年新春初稽古
東京に初雪が降った前日とは打って変わって、1月10日の初稽古は新春に相応しい、寒中のきりりとした空気と素晴らしい快晴の日となりました。
去年より多くの皆様をお迎えして、東京武道館の松の板張りの広い道場が狭く感じられるほどでした。声を合わせた「新年ハオ」の挨拶、そして全員での八段錦・二十四式の通し稽古で楊家養心太極拳の2009年がスタートしました。
今年は、マイクを持って語りかけていらっしゃる楊名時先生のお写真が道場正面で私達を見守って下さいました。
「暗い世相の中にあって、人と争わない楊名時太極拳があるということはとても幸せなことであり、その太極拳を通して共有共感できる仲間がいて、そこに自分の居場所があるということが、私たちの人生に豊かさをもたらす本当に幸せなことであるということを思う時、楊名時先生が、よくぞこういう世界を作ってくださったと感謝感謝です」との麻紗先生のお話は、新春稽古に集った皆の思いそのものです。
師範の先生方の二十四式の演舞は、楊名時先生のお心を引き継いで指導されている気概が満ち溢れる心を体現した素晴らしいものでしたが、そのほかの方の演舞もまた、楊名時先生の志を感じながら一つになったと感じられるもので、楊家養心太極拳としての年輪が確実に一つ増えたと実感いたしました。
楊麻紗先生の胸でひときわ目を引いた楊家養心太極拳の新しいワッペンには、太極図に楊名時先生の筆で「夢」「心・息・動」の字が記されています。年の初めにあたり、私達もこのワッペンを胸に、心を一つにして稽古に精進して参りたいとの思いを新たにし、恒例の三本締めで閉会となりました。
(牧野智子記)
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初稽古に寄せて
師の文字のワッペンつけて初稽古
淑気満つ心ひとつの大演舞
道場に太鼓のひびく寒の入り
楊麻紗


楊名時先生に救われた夫の命
昨年の10月20日、横浜の一品香会での稽古中に緊急の電話が入りました。それは横浜市立大学付属病院からのもので、「ご主人の調子が悪いのですぐ来て欲しい」とのことでした。主人は目の検診で市大病院の眼科に通っており、電話は主治医の先生からでした。
先生の緊張した声にただならぬ不安を感じ、道着のままタクシーで市大病院にすっ飛んでいくと、主人は顔面蒼白。呼吸も苦しそうです。検査の結果「急性心筋梗塞」とわかり、緊急手術をすることになりました。午後7時15分から手術が始まり、終わったのは11時15分、4時間にわたる手術でした。手術の前に執刀医の先生は、「成功率は5分5分です。ご主人の運が強ければ助かりますが...」とおっしゃいました。
私はがらーんとした手術室の前で、道着のままじっと座り手術の終わるのを待ち続けました。その間、来し方のいろいろな事が頭をよぎり、涙がとまりませんでした。心の中で「楊名時先生!主人を助けて下さい!」と必死に祈っておりました。
手術は無事終わり、主人は生還しました。やはり楊名時先生が命を救ってくださったのだとこの時確信し、嬉し涙がこぼれました。11月中旬に主人は元気に退院しました。
今年の1月3日、楊麻紗先生のご家族と一緒に、楊名時先生のお墓参りに行ってきました。「夢」の一字が彫られたお墓に向かい、深い感謝を捧げると共に、楊名時太極拳普及のため更に努力することを誓いました。なお、麻紗先生のご家族は毎月楊名時先生のお墓参りにきているそうです。
高橋祐子記
楊名時先生は晴れ男でした。この日も雲一つない冬晴れ。私たちの墓参りを喜んでいるかのように、どこからともなく大きな鳥が飛んできて、楊名時先生のお墓の上空でゆっくりと大きな輪をかき、近くの木に止まりました。
私たちが墓地を去る時、その鳥もどこかへ消えて行きました。「もしかすると、あの大きな鳥は楊名時先生の化身では?」と思われるようなことが、お墓参りには常にあります。不思議ですね...。
楊麻紗記


常滑合宿交流会
11月15日(土)、16日(日)の両日、愛知県常滑市のアリーナ体育館で、合宿交流会が開催されました。常滑市はやきもの町として古くから有名ですが、最近では中部国際空港の臨空都市として知られています。
会場には、定員をはるかに超える170人の同学が各地から集まり、全体稽古、各グループごとの演舞披露、審査等が行なわれ、密度の濃い4時間があっという間に過ぎました。
舞台上には「NPO法人太極拳養心会・楊家養心太極拳」の大きな横断幕が掲げられており、合宿主催者である杉江満寿夫先生デザインによる養心会シンボルマークの、楊名時先生の「夢」の一字が一際輝いておりました。
全体稽古は一人一人の気が大河となって流れ、会場を大きく包み込み清新で暖かい気の海となり、全員が大いに癒されました。合宿交流会を主催してくださった杉江満寿夫先生及びスタッフの皆様、そして各地から参加してくださった皆様に心から感謝いたします。
また、今回はさまざまなイベントもあり、 楊名時先生のお話も出ました。当日の模様は、地元ケーブルTVニュース・中日新聞で紹介されました。それらについてはまた後日報告いたします。
楊 麻紗

故楊名時先生のエピソード(13)
八段錦の膝の屈伸
八段錦は中国古来より伝わる健康運動で、流派もたくさんあります。楊名時先生は中学校の時に国術部に入り、馬先生より「八段錦」を太極拳の準備運動として習ったそうです。
昭和42年1月、楊名時先生が日本で初めて太極拳の指導をされた武道館でも、馬先生のスタイルを踏襲されました。しかし、馬先生の八段錦そのままでなく、動きをより柔らかくゆっくりとしたものにアレンジしました。そして、「動く禅」としての楊名時太極拳に、心身ともにすんなりと入っていくために、欠くことのできない準備運動として完成させたのです。
八段錦「背后七顚百病消」の動きは、太極拳の終わったあと整理運動として行いますが、武道館時代には膝の屈伸はしませんでした。昭和50年頃、新宿の朝日カルチャーセンターで行ったのが最初だったと思います。年配者に膝痛が多いと聞き、予防のために、楊名時先生が新たに膝の屈伸を加えたものです。
本来は7回かかとを落とす運動ですが、教室では3回に省略し、3回目に呼吸とともに膝を深く折り曲げるやり方をとっています。
楊麻紗


第3回健康太極拳交流会報告について
去る9月28日、健康太極拳なにわ友の会(高橋 保会長)は、楊家養心太極拳、主宰楊麻紗先生をお迎えして、第3回健康太極拳なにわ友の会交流会を大阪市鶴見区民センターで開催しました。
健康太極拳なにわ友の会会員及び、東京、千葉、埼玉、神奈川、愛知、奈良、和歌山、大阪の先生方そしてそのお仲間もご参加いただき、総勢250名の勢大な交流会となりました。
高橋会長、茶木名誉会長、開会のごあいさつから始まり、全員で立禅、甩手、八段錦、24式太極拳を行なった後、5グループの演舞発表、立ち位置及び椅子に座ってのケア・ヘルスタイチの演舞、最後は、茶木先生の模範演舞を拝見させて頂き午前の部は終了しました。
午後の部は、麻紗先生のご指導のもと、全員での演舞、また実技指導及び講義、本年度の師範審査、さらに麻紗先生による模範演舞を拝見させて頂きました。このほか、参加していただいた各先生の4グループ演舞発表のあと全員で記念写真撮り、会員持ち寄りの品を、プレゼントで楽しく、第3回健康太極拳なにわ友の会交流会は閉幕しました。
交流会後は、先生方と参加できる仲間が集い、懇親会を実施。大阪城の夜景をバックに、おいしい食事に舌鼓を打ち、お仲間によるタップダンス、腹話術、太極拳経の朗読、芸を見せて頂き、なごやかで、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。
麻紗先生、各先生方そのお仲間、健康太極拳なにわ友の会会員、皆様の協力で、心と体ともに実りある秋の一日となりました。謝謝
次回、お会いするのを楽しみに。再見
写真 添田康一
文 野間茂実


松本楼の食事会
去る9月25日、東京日比谷公園内にある松本楼で食事会を開きました。志木教室の昇段審査合格のお祝いのためです。
日比谷公園は明治36年に日本で初めて造られた洋式公園で、松本楼はこの公園と同時にオープンしました。官庁街にポッカリ展けた緑豊かな公園に、往時を思わせるような洋館のたたずまいです。当時は夏目漱石や高村光太郎など、多くの文人の憩いの場にもなったそうです。
また、1階ロビーには、孫文夫人である宋慶齢が弾いたピアノが展示されていました。革命の父・孫文は松本楼の馴染み客で、宋慶齢との出会いは、松本楼の現社長夫人の祖父にあたる梅屋庄吉の邸宅だったそうです。梅屋庄吉は一生を通じて、孫文を物心両面で支えた人です。
昭和46年秋、放火により松本楼は焼失しました。日本全国から支援の手がさしのべられ、昭和48年9月25日に、新装再オープンすることができました。その時の記念行事として、「10円カレーチャリティーセール」が始まり、現在に至っているとのことです。
私たちの食事会は、まさに「10円カレー」の日でした。何も知らずに公園に入って驚きました。人、人、人です。長蛇の列が、二重三重の人垣を作っているのです。私たちはそんな人垣を避け、木陰で食事前の太極拳をゆったりと舞いました。40年前真夏の日比谷公園で、太極拳のデモンストレーションを行った楊名時先生を思い出しながら...。
食事も大変美味しく、日中の歴史と楊名時先生を憶う、有意義で楽しい食事会でした。
(楊麻紗記)


* 写真提供:佐藤 巌さん
新潟阿賀野市合同演習会
9月20日、阿賀野市で合同演習会が開催され、師家楊麻紗先生のお共で東京から六名が出席しました。
気になっていた台風も遠くへ去り、楊名時先生のいつもの第一声「本日は晴天なり」の言葉の如く、雲一つない実り豊かな秋晴れとなりました。
会場となっている笹神体育館の中に入ると、大きな熱気が流れていて正面に、「楊家養心太極拳合同演習会」と書かれた下に大勢(130余名)の参加者で溢れていました。
楊麻紗先生の「ニーハオ!」で始まり、続いて新発田の笠原初江先生のお話で、「長年太極拳を続けて来て本当に幸せを実感しており、今日初めて参加された方々も太極拳のすばらしさを体験して下さい」と挨拶があり、楊麻紗先生のリードで、準備運動、八段錦で心と呼吸を整え、二十四式を流れるように心を込めて体育館いっぱいに広がって演舞をしました。
続いて楊麻紗先生から太極拳の最も大事にしている精神面の真髄を伝える講話と太極の華(九、十、十一)の十番の雲手を呼吸を入れながら懇切丁寧に指導をしていただきました。このような指導を受ける機会の少なかった参加者から、正しい動きを改めて認識できたと感想を頂きました。
後半は全員元気に稽古を終えこの度お世話していただいた加藤博子先生の閉会の言葉で、盛会のうちに合同演習会は終わりました。
井川芳子記


9月定例指導者研修会
すっかり定着した楊麻紗先生による指導者研修会は、9月で11回目を迎えました。今回から場所を文京シビックセンターに変え、広々とした中で、ゆったりと太極拳の稽古が出来ました。
中間で行われる麻紗先生の講義のテーマは、「中国人の好む数字」で、太極拳の指導者が心得ておかなければならない“五行と八卦”についてでした。
時折笑いを交えての麻紗先生の講義に、参加者の皆さんは、熱心にメモをとっておりました。
後半の型の部分稽古では、麻紗先生の指導のもと、互いに動きを確かめ合う参加者の皆さんの真剣なまなざしが、印象的。楽しく学ぶ中に、緊張感のある有意義な指導者研修会でした。
楊砂織
ディミトリー

故楊名時先生のエピソード(12) 太極拳の品格
楊名時先生は常々、「楊家の太極拳は清王朝の方々に太極拳を教えたので、何よりも品格を重じた」とおっしゃっておりました。従って、楊名時太極拳も、品格を下げてはいけませんよと。
では、その太極拳の品格は、どこから生まれますか?と尋ねましたら、即座に
「打算をしないこと!」
と答えられました。楊名時太極拳は技の上手下手を云云したり、競い合ったりするのではなく、素直な心でその人の一番楽な状態で体を動かして舞うため、舞う人の人格が表れるのです。
人に格好よく見せようとか、人を許すことができない人、てらいのある人の太極拳はどこかに力みがあり、癒しの太極拳になりません。全ての世俗を忘れて、空間の中に溶け込むような感じで動くとが大切です。
「太極拳は人なり」です。太極拳を稽古することは、健康を維持するだけではなく、日々人格を磨く修行でもあるのです。
楊麻紗


故楊名時先生のエピソード(11)
見取り稽古
楊名時先生の指導法は、見取り稽古でした。型や足の動かし方といった型の説明は、一切行いませんでした。まして手取り足取りの個人指導など、一度も見たことも聞いたこともありません。ただひたすら先生の動きを見て、それを真似て覚えるのです。
40年来の稽古の中で、楊名時先生が強調されたことは、「心の自由」でした。無心で太極拳を舞うことにより、型を超えた“自然との一体感”をつかんで欲しかったのだと思います。
楊麻紗


会員の作品から
養心会に各地から写真、絵画、短歌、俳句などの作品が沢山寄せられています。有り難く思っております。
今回もまた、素敵な俳画が届きましたので、ご紹介します。


故楊名時先生のエピソード(10)
夏の稽古
連日、猛暑の日本列島ですね!主人である楊名時先生が、夏場の稽古についてよく話されたことを、思い出しました。
「太極拳は陰陽が大切なので、夏の暑いときの稽古は、運動量を少し加減をすること。つまり、腰の高さをあまり低くしないこと。また集中力を高めすぎないこと。言い換えれば、ほどほどの稽古量で行なう」
「太極拳を涼やかに舞うこと。その涼やかさは、足運びからくる」
楊麻紗

楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会 (3)
感謝申し上げます
去る6月14日(土)に開かれました「楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会」は、皆様のご協力により大盛会でした。心よりお礼申し上げます。志の高い方々の気が満ち溢れて、魂が洗われるような清清しい交流大会でした。楊名時先生も大変喜んで下さったと思います。
折りしも京橋界隈は、日枝神社の山王祭りで賑わっておりました。
☆
沙羅咲くや先師を偲ぶ友あまた
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夏に舞ふ養心会の旗のもと
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涼しさは太極拳の足捌き
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窓越しの銀杏青葉のそよぐなり
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祭り笛流るる路地を帰り来し
主宰 楊 麻紗


全員が気を合わせて
楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会 (2)
カメラから見えたこと
私は楊家養心太極拳事務局から頼まれて、毎年恒例の行事をカメラに収めております。楊名時先生が亡くなられてから7月3日で、まる3年になります。過去10回にわたる養心会の行事・イベントを通して、一つのことに気づきました。人は、カメラマンの目線を感じたら、格好よく決めようと、固くなってしまいます。そして、動きもばらばらになります。
しかし、今回は違っていました。人と競うことなく、全員がお互いに気を通わせて動いていたのです。そして、カメラを気にしないため、呼吸も流れも見事に合い、全員が一つの空間の中で悠然と白鶴の舞を舞っていました。これぞ楊名時太極拳の真髄だと、感動しました。
太極拳大好きなカメラマン


楊名時先生を偲ぶ太極拳交流大会 (1)
太極拳は心ときめく養生の場
師家楊名時先生が亡くなられてから7月でまる3年になろうとする6月14日(土曜日)、先生に感謝を捧げ、先生のご遺徳を偲ぶ太極拳交流の集いが催されました。
梅雨時とは思えない、吹き渡る風も心地よい快晴に恵まれました。
「楊家養心太極拳」の幕の下、正面に楊名時先生が微笑まれているお写真が飾られ、いつも私達とともにいて導いてくださる先生をいっそう身近に感じられる会場で、一同による黙祷で交流大会が始まりました。
今年は名古屋をはじめとする遠路からもはるばる多数の方々がご参集くださり、参加者は昨年を大幅に上回りました。
八段錦、太極拳24式を全員で舞い、参加者の心がひとつとなってまことに清々しい気で満ち溢れました。
帯津良一先生のご講話では、皆の第一の関心事である健康のトピックスについて、時に笑いを交えてお話しくださいました。
後半に行なわれた師範の皆様による演舞は、“気”と“間”が一つにまとまった練熟の味、またそのあとの経験の浅い皆様による演舞も、楊先生のお心を受け継いでいこうとする気持ちでいっぱいの演舞で、両方をご覧になった楊名時先生の“大好(タイハオ)”と仰ってくださる声が聞こえるようでした。
交流会を重ねるごとに、同心の皆様との心のつながりが深まってまいります。
楊家養心太極拳が心ときめく養生の場であることがますます実感された、素晴らしいひとときとなりました。
(牧野智子記)


草加に招かれて
去る5月15日、埼玉草加市の小川睦子師範が主催する会に出席しました。昨年に続き2回目となるこの会に、今年も大勢の仲間が集まりました。天気も快晴となり、「本日は晴天なり」の楊名時先生の言葉が聞こえそうです。
主催者の小川睦子師範の挨拶に始まり、楊家養心太極拳主宰楊麻紗先生の
「楊名時先生の太極拳の型と教えを守り、伝えていく責任を私に課されていますので、その道をひたすら邁進していきます」
との力強い言葉は、参加者一人一人の胸にしっかり届いたようでした。
八段錦、太極拳の全体稽古のあと、主宰と私と夫の3人による演舞の機会をいただきました。家族3人で演舞するのは、初めての体験でしたが、好評だったようです。
後半は楊麻紗主宰による部分稽古とポイント指導。そして質問のあった「雲手」を細かく解説して下さり、皆さんは一様にうなずいていました。その後、師範の先生方による演舞へと移り、参加者一同見入っていました。
八段錦、太極拳の全体稽古をゆったりと行い、暖かく大きな拍手の中、会は終わりました。皆様、ありがとうございました。
楊砂織


繁栄を願う大凧
春日部市旧庄和では、5月5日の端午の節句に男子出生を祝い、子供の名前や紋章を書いたミニ凧を作ります。毎年5月3日~5日に行われる祭りの大凧は有名で、その大きさは日本一です。縦15m、横11m、重さは800kgもあります。赤は太陽を、緑は大地を表しています。
江戸川の河川敷広場で、大歓声とともにゆつくりと大空に舞い上がる大凧は、雄大で素晴らしいものです。
この伝統ある庄和の百畳敷の大凧を、楊家養心太極拳に贈らせていただきました。養心会のご繁栄と、楊麻紗主宰及び会員の皆様の健康・幸せを願い、そして楊名時太極拳に出会えた幸せに感謝し、天国の楊名時先生にも大凧が見えますように、高く高く大空に舞い上って欲しいとの祈りを込めております。
春日部市庄和睦時会 酒井登美子


第11回なにわ友の会一泊研修会
4月19~20日、私達なにわ友の会は、毎年恒例の一泊研修会に高野山へ行きました。茶木康晴名誉会長を先頭に、三輪紘子顧問にもご参加頂き、総勢39名での研修旅行です。
午後3時ごろ、宿坊大円院に到着。まずは太極拳。時折霧雨が落ちてくる中での演舞でしたが、心洗われ清々しい気持ちになりました。6時の夕食を狭んでの自由時間。各々お風呂に入ったり、付近の散策を楽しんだり…。夜9時からはミーティング。自己紹介、手品の披露、プレゼント交換等各教室の交流、教室の枠を越えての語らいでした。最後には、茶木師範に依るワンポイントレッスンもあり、解散まで楽しい時間を過ごしました。
翌朝は6時より早朝練習。早朝勤行の音が聞こえてくる中、聖山の気を感じながらお稽古。若い修行僧達と同じく、私達も寒さと眠気をこらえての修行でした。
朝食を頂いた後、壇上伽藍にて太極拳。その後、1時間程かけて丁寧に奥の院の案内もして頂きました。宿坊に戻って昼食、最後まで美味しい精進料理に舌鼓でした。
解散後は、それぞれに温泉を楽しむグループあり、写経を楽しむグループあり…。お土産で膨らんだ荷物と、すばらしい体験を胸に、楽しかった“太極拳三昧”の一泊研修旅行を終えました。
全ての皆様に謝謝。
なにわ友の会 笹野範子


楊名時先生と浅野てい子さん
医者も驚く骨折の回復力
昨年の夏、自宅のカーペットに足の小指を引っ掛けて骨折してしまいました。急いで医者に行きましたら、全治2ヶ月と診断されました。外出を控え、私は治療に専念したところ、1ヶ月で治りました。私は現在84歳ですが、骨折の回復の早さに医者が驚いておりました。
「年齢を考えると、こんなに早く治るなんて信じられないね。あなたはスーパーおばあさんだね」 と。
私がこんなに早く治ったのは、長年太極拳を稽古してきたからだと思います。私と太極拳との出会いは、29年前で楊麻紗先生が30代の時でした。習い始めの頃は何がなんだかさっぱり分からず、四苦八苦。それが知らぬ間に私は84歳!この間病気一つせず、お陰さまで我が家で一番元気です。太極拳で健康と良い仲間に出会えた喜びを、感謝しております。
そして、楊名時先生の型と精神を継いでおられるのは、何と言っても楊麻紗先生です。その麻紗先生のご指導を受けていることを、誇りに思っております。あと何年、稽古できるでしょうか。出来る間は続けます。
浅野てい子(84歳)
楊名時先生、楊麻紗先生とNHK文化センター青山教室の皆さん

―楊家養心太極拳の門出を祝して―
埼玉志木教室の吉野テルさんから短歌が届きましたので、ご紹介いたします。
「楊家養心太極拳」師の深き思ひを裡に励みゆかむよ
***
四十余年太極拳を導びかる麻紗先生の演舞に酔ひぬ
***
健康を取り戻したる太極拳出合へぬ日々を惜しみ励みぬ
***
太極拳の審査を受けて乾きたる咽潤す一口の白湯
***
止まらづ散らふ花びら頭に肩にのせて演舞す太極拳を


成田山でお花見太極拳
4月5日(土)、成田山新勝寺の公園に楊麻紗先生、楊砂織さんご夫婦と共にヨークカルチャーセンター八千代台の有志は、お花見に行きました。この日は晴天に恵まれ、満開の桜が私たちを出迎えてくれました。そよ吹く春風に誘われて稽古した野外での太極拳は、とても気持ちが良かったです。
その後、成田山の公園をゆっくりと散策し、日常の忙しさから解放され、楽しい時間を過ごすことが出来ました。お昼のうなぎ、甘味処でいただいたあんみつも美味しかったです。
ヨークカルチャーセンター八千代台の教室は、今年の7月で満2年となるまだ若い教室ですが、楊麻紗先生の教えの中、皆さんと楽しく太極拳に励んでいきたいと思います。
岩城イク子記
花の下 気息合わせて太極拳
楊麻紗


2008年 養心会 新春懇親会
養心会の設立から1年、初めての懇親会となった2月17日を、楊名時先生は雲一つない輝くばかりの青空の日にしてくださいました。
遠方から近くから会場へ続々と集まってみえる皆様の笑顔また笑顔が、楊名時先生とご一緒の楽しいひとときを予感しているようでした。
ご多忙な中おいでいただいた帯津良一先生は、偶然にもこの日がお誕生日。楊麻紗先生から花束が贈られ、皆でハッピーバースデーの歌を唱和いたしました。
金澤弘和先生の、「昨年麻紗先生の指導を拝見したときに、楊名時先生の技・哲学ばかりでなく魂までも受け継いでいらっしゃると感じられました」とのスピーチは、養心会で心を同じくする同志みなが感じていることでしょう。
下村のぶ子様による乾杯の音頭で楽しい歓談と会食の時が始まり、楊名時先生がそこにも、ここにも、大勢の皆様の間にいらっしゃって、にこにこなさっているのが感じられるような、和やかで暖かいひとときを、皆がともに味わいました。
独唱や合唱、フルート演奏、居合い演舞など多彩な余興に、時間はあっという間に過ぎ、皆で「千の風になって」を心一つに合唱し、恒例の3本締めで閉会となりました。
楊名時太極拳を通じて、ますます健康で豊かで楽しい毎日を送れますようにと祈念し、養心会の新しき一年の計といたしました。
牧野智子記


寒中お見舞い申し上げます
厳しい寒さが続いておりますが、会員の皆様お元気でお過ごしのことと思います。茶木康晴師範より頂いた年賀状に、心温まるエピソードが綴られておりました。それをご紹介いたします。
*****
昨年11月20日、関西空港前のりんくう公園で一人で太極拳の演舞の後、一羽の野生のヒヨドリが私の左腕に留り、しばらく目と目が合っていました。警戒心の強い野鳥がなぜ私の腕に留ったか分かりませんが、その時、楊露禅老師の逸話を思い出しました。
私にとって非常に珍しい体験をしました。これからも自然と順応した演舞を目指して行きたい、今日この頃です。
² 楊 露禅(よう ろぜん、1799年 - 1872年)は、楊式太極拳の創始者。ある時、楊露禅は、ツバメを手で捕らえた。掌を微妙に上下させるとツバメは足に力が入らず、どうしても飛び立つことが出来なかったという。楊露禅の手は野生動物をも凌駕する精妙な動きをしたというのである。<Wikipediaより>


2008年 新春稽古
「ドン・ドン・ドーン」太鼓の音とともに新春稽古が始まりました。1月4日午後2時より綾瀬の東京武道館、奈良・新潟など遠くからの参加者を含め百余名による平成20年養心会のスタートです。
会場は初稽古にふさわしく、天井が高く広々とした気持ちの良い武道場でした。麻紗先生の「新年ハオ!」に始まり、昨年9月に逝去された市川寿子先生 を悼み黙祷、楊名時先生が奈良の能舞台で演舞されている遺影に向かって座礼 を行い、麻紗先生のご挨拶、その中でNHKの調査で好きな言葉の1位が「ありがとう」次に「健康」・「幸福」と続き、これは楊名時太極拳の目指している目標と同じであるというお話がありました。
心からの感謝・ありがとうの気持ちはとても大切で太極拳の品格にもつながるものと感じました。
初稽古は参加者全員で八段錦と二十四式の演舞、清らかで大河の流れのように気の合った太極拳、不老拳を師範とその他の方々の二回に分けて行いました。参加した教室の先生方と生徒さんの紹介があり、後半は二十四式・八段錦を行い、気持ちの良さを満喫できた楽しく温かみのある初稽古で、あっという間の2時間でした。
楊名時先生の干支がねずみ年で、12年前のねずみ年に先生が書かれた「夢」の文字の写しを参加者全員が戴きました。
最後に養心会の発展を願い、武道場の高い天井に響き渡る全員での三本締めで閉会となり、太鼓の音とともに散会しました。
再見
(野田久子記)
又、先日参加者の方から一通のメールをいただきました。ここでご紹介します。
***********
本日の初稽古、ありがとうございました。
新春の稽古を、同じ志の皆様とすばらしい道場でご一緒できたことは、年の始めに、心にお年玉を頂いたような喜びでした。
この写真は、麻紗先生のお話とピッタリ合っていたので、思わずお見せしたくなりました。
初稽古の前の、まだ道場にほとんど人がいない一瞬の静寂の中、楊先生のお写真は、あの窓のある一角で不思議なオーラを放っているように私には感じられました。
牧野智子記



篠島不思議体験――精霊たち
去る11月16日、17日に行なわれた「篠島合宿交流会」で、不思議な体験をしました。それは合宿初日、気が溢れ出ていた全体稽古を終えた後の夜の懇親会のことです。宴会は大いに盛り上がり、地元の方々による度肝を抜くような余興に会場は爆笑の渦となりました。抱腹絶倒とは将にこのことです。
出し物の奇抜なアイデアはさることながら、人を歓待する喜びを全身全霊で表現していました。その心が伝わり、全員が手拍子・足拍子と乗りに乗って最高潮になり、最後は皆で踊りだしました。こんな愉快な宴会は初めてです。嬉しさのあまり涙が出ました。全員の心が一つになり絆が深まった懇親会でした。
この合宿交流会を主催して下さいました杉江満寿夫師範が、
「今日は精霊たちが写るかもしれない」
と、ニコニコしながら写真を撮っていました。
「精霊?何ですかそれは」
「エンジェル。全員の心が一つになった時に天上から精霊たちが降りてくるんです。しかも精霊たちは楽しいことが好きみたいですよ」と。
私は半信半疑でしたが、心の中では現れて欲しいと願っていました。
東京に帰った翌日の朝、杉江師範から
「写っていました、精霊たちが!」
と、弾んだ声が電話口から聞こえました。私は嬉しくなり、
「杉江先生、有難うございます。精霊たちが私たちを応援して下さったのですね」
と、思わず叫んでいました。
心理学博士、教育学博士の小林正観氏によると、神仏・守護霊・精霊は存在するらしい。精霊とは肉体を持たない存在のことで、実際に杉江満寿夫師範から頂いた写真には、丸く白いもやのような精霊がたくさん写っていました。もやは曼荼羅に酷似していました。人により精霊、エンジェルと言うそうです。その写る共通項はその場に居合わせている人々全員が、笑顔で喜びに満ち溢れていて否定的な言葉が一言も発せられなかった時と、小林正観氏の著書に記されています。
精霊たちが私たちと一緒に楽しんだ夜の宴会は、楊名時太極拳の原点を再確認し合ったものでした。そして信念を貫く勇気を頂きました。伊勢神宮に近い篠島の地で、地元の方々の人情の厚さに触れ、参加者全員の心が一つになったことにより、喜びの精霊たちが降りてきたのだと思います。有難いことです。
精霊たちは神様からのプレゼント!
楊麻紗記
************
一湾の秋気集めて拳を舞ふ
²
ひたすらに師の跡辿る秋遍路
²
石蕗咲いて行く手明るし養心会
(山本鈴代)


篠島合宿交流会―――参加者の声
先週のレポートの続きで、参加者の皆さんの声をご紹介します。
「篠島の皆さんの温かい歓迎に涙が出ました」
「各教室の演舞が見られて、大変参考になりました」
「篠島の皆さんの底抜けの明るさと、パワーに励まされました」
「麻紗先生の流麗な太極拳に、感動しました」
「夜の宴会では腹の底から笑いました」
又、参加者の吉野テルさんの短歌と、楊麻紗先生の俳句を次にご紹介します。
²
島人の熱狂的な歓迎に麻紗先生の偉大さ知れり
楊名時先生島の空より和やかに見守り来るる交流会を
篠島の浜辺に演舞す太極拳朝凪渡り薄日射すなか
²
ベタ凪の早朝稽古冬はじめ


篠島合宿交流会―――大成功でした
11月16日、17日、愛知県篠島で養心会の合宿交流会が開かれました。天気予報では16日から寒くなるとのことでしたが、二日間とも穏やかな小春日和に恵まれました。楊名時先生が天上から晴れさせて下さったのだと、思います。船着場では大勢の島の仲間の賑やかな出迎えを受け、私たちは感激しました。
今回の合宿交流会は、養心会として初めての行事です。杉江満寿夫先生が主催してくださいました。杉江先生の篠島のお教室の皆さんを中心に、近隣の指導の先生方に呼びかけて行なったものです。大阪からは茶木康晴先生が参加してくださり、東京からは25名の参加者です。限られた方々にしかお知らせしなかったにもかかわらず、予想をはるかに超える方々が集まったとのことでした。
16日の午後の全体稽古は、圧巻でした。太極拳を15分かけて、ゆったりと行ないました。
呼吸と動きと心が統一され、間合いも合っていました。それは一人の指導者のもとで稽古をしているようであり、まるで大河の流れのようでした。全体稽古の後、万葉の丘から薄茜色の夕日を眺めました。柔らかく暖かい夕日でした。
夜の懇親会は、爆笑!爆笑!大爆笑!篠島の皆さんのパワーと人情の温かさに、泣き笑いの連続で、3時間があっという間に過ぎました。
17日の早朝稽古、海はベタ凪ぎ。島一番のロケーションの浜辺で太極拳の稽古をしました。リズムを刻む静かな波の音。大空いっぱいに広がる薄く優しい雲。時折さす柔らかな日差し。その中にいると、大自然の懐に包まれているように感じます。最後の[立禅]の時は、全員が両手を大きく天に向けて広げ、天のエネルギーをもらいました。
全体稽古、師家の模範演舞、審査、仲間との交流、島の観光などの盛り沢山のスケジュールが、滞りなく終わりました。[今までにない、充実した交流会でした]と、参加者が口を揃えて語るように、今回の合宿は大成功でした。天・地・人に感謝!感謝です!
楊砂織記

師範審査レポートより(2)
「太極拳をやって良かったこと」の続きです。
◆
持病の喘息がよくなった
私は30歳中ごろ、喘息の苦しみで入退院のくり返す日々でした。 主治医の紹介で、楊名時太極拳師範の某先生との縁を頂きました。「覚えても覚えなくてもいいのよ。上手も下手もないしね。自分に無理をせず、続けていると体にいいのは確かよ。一緒に動きましょう」という先生の言葉に励まされて、涙を流し命がけで太極拳の稽古に参加させて頂きました。
出会いから23年の月日を重ねて、今ある命、太極拳のお陰で呼吸をし生かされています。あの時の苦しみの涙が、今は喜びの涙に変わりました。“ありがとう楊名時太極拳”感謝感謝でいっぱいです。
故楊名時先生が常におっしゃられた「本日は晴天なり」のお言葉を忘れることなく、今日という一日を大切にしたいと思います。そして、仲間と共に楽しく、自分の出会いの原点を決して忘れることなく、感謝の心でこれからも楊名時太極拳を学ばせて頂きます。命の太極拳。
(S.T.さん 62歳 女性)

師範審査レポートより(1)
養心会では師範の審査を行なう時、レポートを提出させていただいております。レポートのテーマは三つありますが、その中一つ「太極拳をやって良かったこと」は、受験者一人一人の入会動機、人生観、医療効果等の貴重な体験が記されています。皆様にも大変参考になると思いますので、ご紹介いたします。
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楊名時太極拳を行なうことによるメリットは、沢山ありますが主なものは次の通りです。
(1)内面的には、心が穏やかになり、また、ゆとりができ、自然をより大事に意識するようになった。身近な例として、野菜や花の育成によい影響をもたらすようになった。
(2)外面的には、姿勢を気にするようになり、身体の「体軸」をどんな場合でも考えて行動するようになった。下半身の安定が得られるようになり、筋力がついてきた。呼吸が深くなった。
(3)仲間の存在を、前にもまして大事にするようになった。
(K.H.さん 73歳 男性)


故楊名時先生のエピソード(9)
抱一龕道場道場
楊名時先生が昭和49年の冬に、日本武道館を去られてからまもなく、抱一龕(ほういつかん)道場で楊名時先生の太極拳の指導が始まりました。抱一龕道場は故中山正敏先生(元日本空手協会主席師範)の個人の道場で、中山正敏先生が失意の楊名時先生を暖かく迎え入れて下さったものです。楊名時先生は昭和18年に留学生として来日されて、京都大学政治学科に入学されました。卒業後上京され、東京中華学校の校長を勤められるかたわら、日本空手協会で空手を中山正敏先生から指導を受けました。楊名時先生は日本の武道を好みましたが、特に空手は大好きで、中山正敏先生のことをとても尊敬しておりました。その中山先生の道場で太極拳の指導が出来ることを、楊名時先生は非常に感激し、又恩義に感じておりました。楊名時先生は空手七段です。
昭和62年に中山正敏先生が逝去された後も、道場に通うときは恩師の好物だったメロンを携え、仏壇に供えるのが常でした。その時は、秋子未亡人と中山正敏先生の思い出をしみじみと語り合ったと伺っております。
メロンを見ると、私は楊名時先生と中山正敏先生との師弟の絆の強さを感じます。
楊麻紗


故楊名時先生のエピソード(8)
和して同ぜず
楊名時先生は昭和48年の冬に、日本武道館を去られました。日本の武道の殿堂に、他国の、しかも健康法がうたい文句の太極拳を指導する楊名時先生を、快く思わない先生方がおられたからです。しかし、これが去られた直接の原因ではありませんでした。手塩にかけて育ててきた某弟子から、心ない暴言を吐かれたために楊名時先生は武道館を去る決心をされたのです。
その暴言とは、
「私たちが学ばなければならないのは、中国政府の制定した太極拳で楊先生の太極拳はそれと違う。本当の太極拳ではない」と。
暴言が稽古の後に吐かれたのならまだしも、皆のいる稽古中にその暴言は吐かれました。その時の楊名時先生の心中を思うと、今でも居たたまれない気持ちになります。
ところが、楊名時先生はやはり大人です。心ない弟子の暴言に対して、顔色ひとつ変えず「和して同ぜず」という言葉を残し、日本武道館を去られたのでした。
※ 和して同ぜず
『論語』の子路第十三に出てくる言葉。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」。
意味は、徳のある人は主体性を持って人と調和するが、訳もなく同調するようなことはしない。教養がなく、心が正しくない人はその逆である。
楊麻紗


写真:昭和47年6月 日本武道館(畳の教室)に於いて
故楊名時先生のエピソード(7)
三笠宮崇仁殿下
昭和46年頃、日本武道館に入会された三笠宮崇仁殿下との思い出も印象に残るものでした。私は三笠宮様のお茶の接待役を仰せつかりましたが、三笠宮様はとても気さくな方でしたので、私はあまり緊張することはありませんでした。
教室で、前半の稽古が終わってから楊名時先生のお話を聞かれるとき、三笠宮様はいつも背筋を伸ばし、決して姿勢を崩すことはありませんでした。そして、熱心にメモをとりながら、楊名時先生のお話に頷いておられたお姿が忘れられません。
スキー、ダンス、乗馬などスポーツ万能の三笠宮様のお体はとてもお柔らかく、太極拳も柔軟で素直な演舞をされていました。昭和47年6月27日、ホテルニユーオータニで開かれた楊名時先生『太極拳』出版記念会に、三笠宮様は妃殿下とご出席下さいました。楊名時先生と私たちは、大変名誉なことと感激したのを覚えております。
警備の問題もあって、三笠宮様は3年位で日本武道館に通えなくなりましたが、楊名時先生とはその後数回会食をされたと聞いております。
それから約30年の歳月が流れましたが、三笠宮様と楊 |